魔法のフルボッ娘 リーサちゃん
色々と有って思いついた作品。
プロレスラーVS魔女ッ娘の殴り合い。
読み切り作品ですが、キャラクターは別作品でも出る予定っす。
「青コ~ナァ~ッ! 身長195センチ、体重350ポンドッ!
ライガァァー~ッ、マァ~スクッ!」
歓声に押されるように獅子とも虎とも云えないマスクマンが入場する。
日本人離れした長く頑健な四肢、背中だけで男の歴史と人格を語っている。
男が目指すべき男の背中、顔を隠してマスクで覆っていても瞳だけで闘志を表す。
「プロレスの舞台では負けナシ! 名実ともの最強王者、ライガーマスクです!
敵も無いと思われていた中、このドリームマッチが実現しました!」
興奮気味に実況のハサキ氏が絶叫している。
彼もまた、間違いなくプロレスマニアなのだ。
「実況は私、ゼブラ白馬でお送りします!
そして解説はもちろん、デュエル・オブ・ドライアドでお馴染み、ムエンバさんです。
ムエンバさん、今日はよろしくお願いします。」
「お願いします。」
「ムエンバさん、今日の試合、どういった試合になると思いますか?」
「ライガーは、歩く姿が必殺技とまで呼ばれる男…。
普段ならライガーの圧勝…と云いたいところですが、今日は相手が相手ですからね。
全く判りません。」
解説なのだから“判らない”は禁句なのだが、
それでもこの試合は許されるほどに読めない試合であった。
その混沌を生みつづける対戦相手が赤コーナーに姿を現した。
「赤コ~ナァ~ッ! 身長123センチ、体重はヒ・ミ・ツッ!
魔法のフルボッ娘、リーサちゃァ~~ーん!」
髪には凶器にもできないような脆弱なバレッタ、
パンツが見えそうな短いスカートはフリルでその長さを補っている。
将来性豊かなカワイイ顔には、完成形とすら呼べる見事な微笑みが換装されている。
ライガーの熱気噴出す歓声とは対照的なオタッキーな声援を受けている。
「いやー、今日もカワイイですね~、リーサちゃんは!
さて、ムエンバさん、テレビを見てる方にはVTRを放映中ですが、
ラジオを聞いている方のために、リーサちゃんの紹介をお願いします。」
「皆さんご存知だとは思いますが…。
魔女最高の武闘派で、本名はリーサ・カヤマ。
プリンワールドから来た妖精のペテポンによって魔法が使えるようになった後天的魔女ッ娘です。」
「後天的魔女ッ娘?」
「魔女ッ娘には大きく二種類の女の子が居ます。
魔法の世界で生まれた先天的魔女ッ娘と、普通の少女が何らかの要因でなる後天的魔女ッ娘です。
先天的魔女ッ娘に比べて魔法のパワーは劣りがちですが、身体的には優れる傾向が強いですね。」
「なるほど!
先天的というのはヤンバラヤンヤンで、後天的がテクマクマヤコン、ですな!」
「そのとおりです。
そしてリーサちゃんは魔法はもちろん、極心会空手九段・鬼倒流柔道七段・全日本剣道範士などなど。
ライガーも截拳道の修練を積んだ猛者ですが、武術キャリアでは…」
語るムエンバの解説を遮ったのは、試合開始を告げるゴングだった。
「すいません、ムエンバさん、試合開始のようですよ!
…おぉーっと! ライガーマスク、リングロープを使って、いきなり仕掛けたーッ!」
「長期戦では体重のあるライガーの方がスタミナを早く消耗します。
速攻による決着を狙っていますねェ!」
「いやぁ、ライガーさん! 怖ぁい!
コッボルフっ♪ コッボフーハ♪ リーサステッキ、マジックでポン☆」
脳にキンキンくるアニメ声の呪文を合図に、リーサの手元にステッキが現れた。
長さは1メートルほどと長くはなく、星型の突起や取っ手が目立つパステルの彩色が際立つモノだ。
魔法を使われる前に捕まえてしまわなければならない。 ライガーの足が止まる事はない。
「コッボルフっ♪ コッボフ…」
次の呪文を唱えているが、そう広くはない正方形リングの上、云い終る前に射程を詰めきった。
「せっかちすぎだヨ、ライガーさん!」
呪文を破棄し、リーサは柄ではなく杖の先端を持った。
取っ手として作られている部分はツルツルでグリップがなく、それよりも突起がある先端の方が少ない握力で保持できる。
つまり!
「星を散らせやぁっ! ライガァァッ!」
拳が届く前に、リーサのステッキがライガーの側頭部を捉えていた。
怯むライガーマスクではないが、ライガーマスク腕が伸びきる前にリーサは紙一重のステップで逃れる、次を放つ。
避ける・打つ・避ける・打つ…戦闘機の如く華麗に舞うリーサに対し、ライガーは地を這う歩兵のようだった。
「リーサちゃん、ラッシュ! ラッシュッ! ラァアアアアッシュッ!
やめられない! 止まらない! リーサちゃんの猛ォラァッシュだだだだぁ!」
「マズイですよ! ライガーマスクはプロレスラー!
アマレスとは大きく性質が異なるプロレスですが、大本が“組み合う格闘技”であることは変わりません!
ミドルレンジからの遊撃! この類の攻撃方法はライガーマスクは慣れてはいませんッ!」
観客席がどよめく。 まさかのライガーマスクの苦戦に。
流血こそしていないが、そのダメージは明確に筋肉の中に蓄積し、痛みとして顕在化していた。
「ムエンバさん!
リーサちゃんはステッキを出した以外に魔法を使いませんが…どういうことでしょう!?」
「魔女ッ娘が得意とする魔法は、“ファンシー系魔法”に属します!
攻撃力よりも演出力を優先し、決して威力が高いものではなく、故にライガーは間合いを詰めたものと思われます!
しかし…まさか、ここまで一方的だとは!」
いくら打たれても、ライガーマスクは痛みでギブアップすることはない。
だが、その痛みと効果により、既にライガーマスクの左腕は上がらなくなっていた。
「ほらほらぁ! 遅い遅い! ライガーさん!
すごく良いサンドバックじゃん! 良い音がする! アハ♪ 萌えてきたぁッ!」
さらに回転を上げ、リーサのステッキがライガーマスクに打ち込まれ続ける。
その異様な雰囲気に、観客たちも思わず立ち上がっている。
「ライガァ~アアッ! 一回下がれ! 練り直せぇええ!」
観客席からファンの罵声とも悲鳴とも取りがたい声援が飛ぶ。
いくら打たれてもライガーマスクは下がらない。 常に前に出続けている。
優勢に立っているかのごとく、攻撃が効いていないかのごとく。
「…プロレスラーには多いって云うけど、ライガーさん、マゾぉ?
わたしみたいな女子小学生に殴られて、興奮してんのぉ?」
ライガーマスクは答えない、口を開かない。
だが、代わりとも云うべく、ライガーマスクへの声援だけが増していた。
“ライガー下がれ!”
“ライガーマスク、無理だ!”
“ギブアップだ! ライガぁああ!”
“ガンガン行けぇぇっ!”
リーサへの声援が弱くなったわけではない。
しかし、往々にして応援とは劣勢の方が加熱されやすい性質を持つ。
「…遅いのに…さ♪ スタミナ配分とか考えてないのぉっ?」
もちろんライガーマスクは応えず、ギブアップもない。
「ムエンバさん! どうにも…リーサちゃんの息が上がってきたようですが!?」
ドームに響いた実況の声に、リーサは初めて自分の状況に気が付いた。
プロボクサーは何ラウンドでも全力で殴り合えるように体力を作り、リーサの鍛え方はそれに決して劣るものではない。
しかし、それでもリーサの息は上がっていた。
殴り始めてたった2分ほど…2分である。
2分間も並の格闘家ならば一撃で昏倒する自分の打突をノーガードで受け続け、息の一つも上がっていない。
リーサはそのとき、宿敵である悪の大魔女メルドヌウサと対峙したときに等しい恐怖を抱いていた。
「ギブアップしてくれないなら…率直に行っちゃうよォッ!」
胴体狙いだったリーサのステッキがそのとき初めて、顔面に向いた。
その技の真意に気が付き、ライガーマスクはこの試合初めて回避に転じたが、遅い。
「おあああぁっ! ライガーマスクの覆面がぁあああっ!?」
弾丸のように突き抜けたステッキの先端には、覆面の切れ端が引っ掛かっていた。
傷だらけで不恰好なライガーマスクの素のアゴが晒されていた。
「…プロレスラーが素顔って…マズいんじゃない? 降参がオススメ♪」
しかし、ライガーマスクは応えずに構え、先ほどと同じく突撃を繰り返す。
露出した頭部は全体の四分の一程度、まだ頭のアゴが左半分が公開されたに過ぎない。
まだライガーマスクの素顔は開かされているとは見なされず、まだ戦える。 これならば戦える。
「…あっそ! じゃあ…全部、引ん剥いてあげるッ!」
リーサのステッキがまたもライガーマスクの顔面へ突きつけられ――静止した。
完全に晒されたライガーマスクの口の中で。
「な…ッ!?」
驚愕の余り、リーサは一瞬、独特のリズムあるバックステップを忘れた。
そして、ライガーマスクの唯一動く右腕が攻撃態勢に入ったときには、既に遅かった。
「ライガァアーァァッ! ブレェエエドォォオッッ!」
この試合、始めて繰り出したライガーマスクの言葉と右腕は共に人間のものではなかった。
ただ腕力任せに振り上げ、振り下ろす、ケダモノの手刀。 意味よりも重要な猛る雄叫び。
そして、砕け散るステッキ。
砕けたステッキの破片は花吹雪、歓声がライガーマスクを包んだ。
「ライガーマスク! ステッキを噛んで、その流れで砕きましたッ!
しかし、腕で支えるステッキを口で止められるものなんですかねェ!? ムエンバさん!」
「反射が間に合えば…という条件ですが、可能です。
常人でも顎の力は全身の中でも突出してますし、しかもライガーマスクはプロレスラー。
プロレスラーは他の格闘技に比べて首から落とされるような技が多く、首の強化は急務です。
そして、首を鍛えるブリッジなどの運動では、同時に顎も鍛えられる…格闘家の中でもトップクラスだと思いますよ。」
そんな解説は、リーサちゃんの耳には入っていない。
今、“ステッキではなく自分に手刀を振り下ろされていれば負けていた”
リーサとライガーマスクの体格差では、単純な力技だけでノックアウトさせられたはずなのだ。
「手加減…したの…ッ!?」
「…私はプロレスラーだ。
観客が見たくない勝利を…私たちは勝利とは呼ばない。」
リーサのファンは深手を負って昏倒するリーサを観に来たわけではない。
そして当然、ライガーマスクのファンもライガーマスクが少女を嬲る姿なんか金を貰ったって観たくない。
故に、ライガーマスクは自分以外が傷付かない戦い方――リーサの武器破壊――を選んだ。
「…ぐ、うう…。」
「どうする…まだやるか?」
一撃も打たれることなく、リーサはライガーマスクとの差を思い知った。
その差は、力量でも体力でも知名度でもなく、純粋な“器”だった。
“熟成された大器”と“未完の大器の差”だった。
「ぐ、ううう…!」
が、未完の大器が己の敗北を認められるわけもなく、リーサちゃんは跳んだ。
武器が折られても、リーサちゃんは未だに無傷、重傷を負っているのはライガーマスクなのだ。
拳を固め、リーサの乾坤の一撃。 それを迎え撃つべく右腕を構えるライガーマスク。
「リーサちゃん、もう良いップ!」
唐突に、リングサイドから小さな“影”が飛び出した。
その“影”は正確にリーサの首筋に直撃し、正確に意識を断絶するに至った。
「…あ、う…」
「もういいップ! 休むップ! リーサちゃん!」
それは、プリンワールドから来た妖精、ペテポンだった。
水色でツルリと丸い表皮、胴体に手足が直接生えている一頭身。
胴体のほとんどが口で、そこに巨大すぎる眼球が二つ。
狂科学の末に誕生したとしか思えない可愛らしいミュータントだ。
「リーサちゃんはもう戦えないップ!
だからここは…ペテポンが戦うップ!」
健気なペテポンの声に、歓声が広がる。
だがそれ以上にライガーマスクは、不意を衝いたとはいえリーサをいとも容易く昏倒させた力量に驚愕していた。
創作の中ではポピュラーな技だが、人間の意識を飛ばそうとすると、その相手を殺すほどの力を込めなければならない。
リーサは息も整い、完璧すぎる意識の飛ばし方をしている。
「…。」
「…何者って訊きたそうな顔をしてるから答えてやるぜ?」
歓声に呑まれてリング外には聞こえないほどの声で、ペテポンは告げた。
先ほどの媚びに媚びるた甘ったるい声ではなく、純然たる男の声で。
「もとはただのランドセル背負ったていどの小娘が、いきなり後天的魔女っ娘だ。
あの小娘に魔女式撲闘術を教えたのは…誰だと思ってやがるんだ?」
喋る中でも、表情はキャラクター然としている。
カワイらしく愛想を振りまき、キラキラと光り、ダンスでもしそうだ。
「俺が教え込んだ。
魔女式撲闘術を、な! つまり俺が本家本物ッ!
撲闘術の師匠ってわけだ! 弟子のリーサに手間取ってたテメェじゃ勝てねぇってことだな!」
「…会長にも注意されたが…私は口でさえずるのが苦手なんだ。
話す前に拳で来てくれないか? 挑発は苦手なんだ。」
いとも容易く、“どうでもいい”という様子のライガーマスク。
その言葉にはペテポンの表情を怒りに歪ませ…彼は苦手というが、これが挑発という。
「…フルボッコにしてやるップゥ!」
ペテポンが飛んだ。 跳躍ではなく、浮遊した。
それを右手でバッティングセンターのように腕を振るうライガーマスク。
タイミング・スピードにおいてジャストミート、ホームランコース…だがしかし、ペテポンはただのボールではない。
「おあああああっと!? ペテポン、噛み付いています!
ライガーマスクの拳に噛み付いています! これは…これは大丈夫でしょうか!?」
「かつて噛み付きの口撃を得手としたフレッド・ブラッシーという選手がいましたが…。
彼のテレビ放送を見た視聴者がそのショッキングな映像にショック死を起したことがあります。
しかし、今のペテポンを見てショック死はしないでしょう。
動物番組で小動物が飼い主と遊んでいる画像でショック死はしないでしょう?」
「いや、そうではなく…プロレスのルールにおいて、なんですが。」
「それも問題ないでしょう。 止めるならペテポンが乱入したときに止めているはずです。
これがプロレスの特異な点ですが…『例外が存在しても良い』…それが不文律です。
ただまあ、放送時間が中途半端になることだけが不安ですね。」
解説も見逃す中…いや、どのアングルから見ている客も気付いていない。
ペテポンにしゃぶり付かれ、口の中に入ったライガーマスクの五本の指は“何か”の攻撃を受けていた。
「ぬ、うおるぁああ!」
ライガーマスクが力任せにペテポンを振り払うことはできた。
だが、しゃぶられていた右拳は噛み付かれる前とは大きく変化していた。
「ライガーの指が…めちゃくちゃに折り曲げられているゥウウウ!?
口の中でなにをされたんだあああぁっっ!?」
「あれは恐らく、歯舌ッッ!」
ムエンバの言葉に、ペテポンが口笛一つ。
「へー、あの解説屋…博識だな。
その通り、歯舌…だ。」
云ってから、ペテポンは口から長いベロを出した。
いや、ただ長いだけではない。 円筒状で周囲に眼球のような突起があり、それ自体が一匹の蛇のようだ。
「歯舌はタコや貝が持つ、特殊発達器官ッ!
それを口の中で振るい、ライガーマスクの拳を粉砕したと思われますッ!」
「…エッ、それなら…」
「はい! 骨があるとは思えない柔軟な体! 一頭身! 肥大化した眼球!
なぜ私は気が付かなかったのでしょう! ペテポンは…いえ、全ての妖精は…!
深海から来た軟体動物ですっ!」
客席に薄く伸ばされた笑いが起こった。
プロレス独特のギャグだと思われているが、しかしリング上のライガーマスクはそれが冗談でないことを知っている。
「その通り。
俺が飛べるのも、深海で完成された水圧飛行ストークス法則によるもの。
このバカデカイ目玉も、深海では普通だったが…水上と水中とでの圧力差で飛び出しちまった。」
その言葉を聞いたライガーマスク自体は大して興味が無さそうだ。
しかし、言葉が聞こえていないはずの解説のムエンバは、まるで聞こえたかのように解説を繋ぐ。
「浮遊状態で軟体ということは、ほぼ打撃は効きません。
空に浮かぶ風船を割るようなものですし、蹴技の少ないライガーマスクは両拳ともに負傷…。
さらに軟体動物である以上、絞め・関節・投げも成立しません。」
「絞め・関節はともかく、投げもですかッ!?」
「投げ技は、“転ばせる”技です。
相手の骨と重心を利用しますからね…。
軟体、しかも浮遊している相手ともなれば、不可能でしょう。」
解説のコメントをペテポンはニヤニヤと笑って肯定する。
絶望的状況でありながら、ライガーマスクは気にも留めていない。
「さあさあァ…どうするんだぁ? ライガーさんよぉ?
解説が何を云おうと俺はカワイイマスコットだ、それを思いっきり殴れねぇだろ!?
…つっても、、殴られても俺には効かないんだけどなぁ…行くぜァっ!」
爆発するように距離を詰めるペテポン。
ボール状の胴体に生えた一関節しかない短い前足が、至近距離からライガーマスクを打ち据える。
「…重い…っ?」
「小さいからって甘くみてんじゃぁねーぞぁっ!
魔女式撲闘術の皆伝は、一撃で10メートル以上のダイオウイカを倒すこと…当然、俺は師範皆伝だっ!」
「…ああ、これなら…アニメ的な倒し方だな。」
ペテポンの言葉を気にも留めず、無造作にライガーマスクはペテポンを捕えた。
そして、リーサによってマスクを剥がれて露出した口に近づけ…頬張った。
食べたぁあああっっ!?
「ムエンバさん、これはっ!?」
「この手があったかっ、という好手です!
確かに口の中ならば全ての方向から等しく圧迫することができ、窒息に追い込むことができます!」
ペテポンが小さいとはいえ、それでもサッカーボールほどの大きさがあるものをいとも容易く口に入れた。
人間離れしたポテンシャルを発揮し、観客席は様々な感想を生みつつ、目が離せなくなっていた。
しかし、口の中のペテポンはさしたる脅威に感じては居なかった。
「話聞いてねーのかっ!
俺はカップメンが着せ替え人形のサイズにまで潰れるような深海で育ってんだよ!
こんな歯クソくせぇアゴのロックなんて、目じゃ…あれ?」
開かない。
思いっきり開こうとしているにもかかわらず、開かない。
何トンもの力を一点に掛けているにも、ライガーマスクの口が開く気配が無い。
「バカなっ!? シーサーペントの胃袋からでも脱出した俺が…出られないっ!?」
ペテポンを初めとする深海妖精は、地熱によって光合成をするサンゴが生み出す酸素を消費して生きる肺呼吸生物。
そのため、地上でも問題なく活動ができるのだが、それが今、仇になっていた。
「が・ぁ・クォ…らぁああ…息が…っ!」
ライガーマスクの口の中では、必要量の酸素が維持できず、呼吸できない。
しかも、先ほどのラッシュパンチで大幅に息を吐ききったところで口に入れられたので、残存酸素は少ない。
何とかする方法は、たった一つしかない。
「…ら、ライガーマスクゥ…出してくれぇ…俺の負けだぁ…」
今にも消え入りそうな声だったが、体内に入れているライガーマスクにしてみれば骨伝道で聞こえる。
もちろん、ライガーマスクは食いしばっていた歯を外し、ベッっと吐き出した。
「は、ッハア…ハア…。」
「…ペテポン、お前のギブアップはレフェリーに聞こえていない。
屈辱だろうが、もう一度云った方が良い。」
「ペテポン、脱出したぁああー! 勝負はまだこれからだぁー!」
息も絶え絶えなペテポンはそのとき、状況が自分がもくろんだ通りの方向に進んでいた。
ゆったりと息を整え、そして空に浮き、ファイティングポーズをとった。
「誰も聞いてないからなぁ~? 俺の降参なんて。」
「…なるほど。 そう来たか。」
「さあて困ったなぁ?
エンターティナーとしては一試合で同じ攻撃を2回はできないよな?
っていうか、俺も2度喰らうほどバカじゃねー。」
「…じゃあ、こっちで良いか。」
よく、ボクシングで対戦相手の死角に入る技術を『消える』と評することがある。
しかし、ライガーマスクは消えなかった。 ただ速かった。
視界の中に映り続けたライガーマスクが、単純にペテポンの反応を超えたスピードで間合いを詰めていた。
「…はっ!?」
その一撃はボクシングのように背筋や腰の入ったものではなく、ただたんに拳を振り上げただけだ。
それでもその一撃は、ペテポンが避けることが間に合うものでもなく、ブロックできるものでもなかった。
「ライガァア~ー! アッパァアアカァッッツっ!」
真下からの衝撃はペテポンを撥ね上げ、上空に飛ばした。
室内リングで繰り広げられていた試合だが、ライガーマスクの一撃は多くの照明を揺らし、天井を貫いた。
アニメ風に形容するなら、『吹っ飛ばされたペテポンはキラーンという効果音を含めて退場した』と。
「…風船を殴って割るのは困難だが、飛ばすだけなら誰でもできる…。」
静けさが会場を包み込み、そして…。
ゥおおおおおっっ!
「場外です! どうですかムエンバさん!」
「これは決着ですね。
…まあペテポンも軟体生物ですし、死んでは居ないでしょう。
むしろ、ダメージで云えば…ライガーマスクの方が…。」
ムエンバはそこで言葉を止めた。
ライガーマスクがアッパーを繰り出した右拳の指は、既にペテポンによって破壊されていた。
完全に破壊されていた拳で、ライガーマスクは全力の一撃を繰り出し、その激痛は推測できる範疇を超える。
「まずは、ライガーマスクの次大会への出場が決まったことを喜びましょう。
デュエル・オブ・ドライアドの予選権利獲得…です。」
それでも、ライガーマスクは楽勝という態度を崩さない。
絶対王者として、エンターティナーとして、格闘家として。
「次のデュエル・オブ・ドライアドでは…今日戦ったリーサやペテポンの分も戦おう。
…そして、俺は…どうするぁっ!?」
『ユうュ優勝オっツ』
観客席からタイミングはズレているが、同じ意思の言葉が飛び出た。
その雄叫びには、リーサちゃんやペテポンのファンも一緒にハモっていた。
「当然だ! キサマらァ! 見に来いよォッ! 俺の優勝ォッ!」
そして彼は、完治することのない傷を引っさげて、次なる戦いに駆けて行く。
ファンのため、自分が率いる団体のため、そして自分自身のために。
プロレスラーVS魔女ッ娘の殴り合い。
読み切り作品ですが、キャラクターは別作品でも出る予定っす。
「青コ~ナァ~ッ! 身長195センチ、体重350ポンドッ!
ライガァァー~ッ、マァ~スクッ!」
歓声に押されるように獅子とも虎とも云えないマスクマンが入場する。
日本人離れした長く頑健な四肢、背中だけで男の歴史と人格を語っている。
男が目指すべき男の背中、顔を隠してマスクで覆っていても瞳だけで闘志を表す。
「プロレスの舞台では負けナシ! 名実ともの最強王者、ライガーマスクです!
敵も無いと思われていた中、このドリームマッチが実現しました!」
興奮気味に実況のハサキ氏が絶叫している。
彼もまた、間違いなくプロレスマニアなのだ。
「実況は私、ゼブラ白馬でお送りします!
そして解説はもちろん、デュエル・オブ・ドライアドでお馴染み、ムエンバさんです。
ムエンバさん、今日はよろしくお願いします。」
「お願いします。」
「ムエンバさん、今日の試合、どういった試合になると思いますか?」
「ライガーは、歩く姿が必殺技とまで呼ばれる男…。
普段ならライガーの圧勝…と云いたいところですが、今日は相手が相手ですからね。
全く判りません。」
解説なのだから“判らない”は禁句なのだが、
それでもこの試合は許されるほどに読めない試合であった。
その混沌を生みつづける対戦相手が赤コーナーに姿を現した。
「赤コ~ナァ~ッ! 身長123センチ、体重はヒ・ミ・ツッ!
魔法のフルボッ娘、リーサちゃァ~~ーん!」
髪には凶器にもできないような脆弱なバレッタ、
パンツが見えそうな短いスカートはフリルでその長さを補っている。
将来性豊かなカワイイ顔には、完成形とすら呼べる見事な微笑みが換装されている。
ライガーの熱気噴出す歓声とは対照的なオタッキーな声援を受けている。
「いやー、今日もカワイイですね~、リーサちゃんは!
さて、ムエンバさん、テレビを見てる方にはVTRを放映中ですが、
ラジオを聞いている方のために、リーサちゃんの紹介をお願いします。」
「皆さんご存知だとは思いますが…。
魔女最高の武闘派で、本名はリーサ・カヤマ。
プリンワールドから来た妖精のペテポンによって魔法が使えるようになった後天的魔女ッ娘です。」
「後天的魔女ッ娘?」
「魔女ッ娘には大きく二種類の女の子が居ます。
魔法の世界で生まれた先天的魔女ッ娘と、普通の少女が何らかの要因でなる後天的魔女ッ娘です。
先天的魔女ッ娘に比べて魔法のパワーは劣りがちですが、身体的には優れる傾向が強いですね。」
「なるほど!
先天的というのはヤンバラヤンヤンで、後天的がテクマクマヤコン、ですな!」
「そのとおりです。
そしてリーサちゃんは魔法はもちろん、極心会空手九段・鬼倒流柔道七段・全日本剣道範士などなど。
ライガーも截拳道の修練を積んだ猛者ですが、武術キャリアでは…」
語るムエンバの解説を遮ったのは、試合開始を告げるゴングだった。
「すいません、ムエンバさん、試合開始のようですよ!
…おぉーっと! ライガーマスク、リングロープを使って、いきなり仕掛けたーッ!」
「長期戦では体重のあるライガーの方がスタミナを早く消耗します。
速攻による決着を狙っていますねェ!」
「いやぁ、ライガーさん! 怖ぁい!
コッボルフっ♪ コッボフーハ♪ リーサステッキ、マジックでポン☆」
脳にキンキンくるアニメ声の呪文を合図に、リーサの手元にステッキが現れた。
長さは1メートルほどと長くはなく、星型の突起や取っ手が目立つパステルの彩色が際立つモノだ。
魔法を使われる前に捕まえてしまわなければならない。 ライガーの足が止まる事はない。
「コッボルフっ♪ コッボフ…」
次の呪文を唱えているが、そう広くはない正方形リングの上、云い終る前に射程を詰めきった。
「せっかちすぎだヨ、ライガーさん!」
呪文を破棄し、リーサは柄ではなく杖の先端を持った。
取っ手として作られている部分はツルツルでグリップがなく、それよりも突起がある先端の方が少ない握力で保持できる。
つまり!
「星を散らせやぁっ! ライガァァッ!」
拳が届く前に、リーサのステッキがライガーの側頭部を捉えていた。
怯むライガーマスクではないが、ライガーマスク腕が伸びきる前にリーサは紙一重のステップで逃れる、次を放つ。
避ける・打つ・避ける・打つ…戦闘機の如く華麗に舞うリーサに対し、ライガーは地を這う歩兵のようだった。
「リーサちゃん、ラッシュ! ラッシュッ! ラァアアアアッシュッ!
やめられない! 止まらない! リーサちゃんの猛ォラァッシュだだだだぁ!」
「マズイですよ! ライガーマスクはプロレスラー!
アマレスとは大きく性質が異なるプロレスですが、大本が“組み合う格闘技”であることは変わりません!
ミドルレンジからの遊撃! この類の攻撃方法はライガーマスクは慣れてはいませんッ!」
観客席がどよめく。 まさかのライガーマスクの苦戦に。
流血こそしていないが、そのダメージは明確に筋肉の中に蓄積し、痛みとして顕在化していた。
「ムエンバさん!
リーサちゃんはステッキを出した以外に魔法を使いませんが…どういうことでしょう!?」
「魔女ッ娘が得意とする魔法は、“ファンシー系魔法”に属します!
攻撃力よりも演出力を優先し、決して威力が高いものではなく、故にライガーは間合いを詰めたものと思われます!
しかし…まさか、ここまで一方的だとは!」
いくら打たれても、ライガーマスクは痛みでギブアップすることはない。
だが、その痛みと効果により、既にライガーマスクの左腕は上がらなくなっていた。
「ほらほらぁ! 遅い遅い! ライガーさん!
すごく良いサンドバックじゃん! 良い音がする! アハ♪ 萌えてきたぁッ!」
さらに回転を上げ、リーサのステッキがライガーマスクに打ち込まれ続ける。
その異様な雰囲気に、観客たちも思わず立ち上がっている。
「ライガァ~アアッ! 一回下がれ! 練り直せぇええ!」
観客席からファンの罵声とも悲鳴とも取りがたい声援が飛ぶ。
いくら打たれてもライガーマスクは下がらない。 常に前に出続けている。
優勢に立っているかのごとく、攻撃が効いていないかのごとく。
「…プロレスラーには多いって云うけど、ライガーさん、マゾぉ?
わたしみたいな女子小学生に殴られて、興奮してんのぉ?」
ライガーマスクは答えない、口を開かない。
だが、代わりとも云うべく、ライガーマスクへの声援だけが増していた。
“ライガー下がれ!”
“ライガーマスク、無理だ!”
“ギブアップだ! ライガぁああ!”
“ガンガン行けぇぇっ!”
リーサへの声援が弱くなったわけではない。
しかし、往々にして応援とは劣勢の方が加熱されやすい性質を持つ。
「…遅いのに…さ♪ スタミナ配分とか考えてないのぉっ?」
もちろんライガーマスクは応えず、ギブアップもない。
「ムエンバさん! どうにも…リーサちゃんの息が上がってきたようですが!?」
ドームに響いた実況の声に、リーサは初めて自分の状況に気が付いた。
プロボクサーは何ラウンドでも全力で殴り合えるように体力を作り、リーサの鍛え方はそれに決して劣るものではない。
しかし、それでもリーサの息は上がっていた。
殴り始めてたった2分ほど…2分である。
2分間も並の格闘家ならば一撃で昏倒する自分の打突をノーガードで受け続け、息の一つも上がっていない。
リーサはそのとき、宿敵である悪の大魔女メルドヌウサと対峙したときに等しい恐怖を抱いていた。
「ギブアップしてくれないなら…率直に行っちゃうよォッ!」
胴体狙いだったリーサのステッキがそのとき初めて、顔面に向いた。
その技の真意に気が付き、ライガーマスクはこの試合初めて回避に転じたが、遅い。
「おあああぁっ! ライガーマスクの覆面がぁあああっ!?」
弾丸のように突き抜けたステッキの先端には、覆面の切れ端が引っ掛かっていた。
傷だらけで不恰好なライガーマスクの素のアゴが晒されていた。
「…プロレスラーが素顔って…マズいんじゃない? 降参がオススメ♪」
しかし、ライガーマスクは応えずに構え、先ほどと同じく突撃を繰り返す。
露出した頭部は全体の四分の一程度、まだ頭のアゴが左半分が公開されたに過ぎない。
まだライガーマスクの素顔は開かされているとは見なされず、まだ戦える。 これならば戦える。
「…あっそ! じゃあ…全部、引ん剥いてあげるッ!」
リーサのステッキがまたもライガーマスクの顔面へ突きつけられ――静止した。
完全に晒されたライガーマスクの口の中で。
「な…ッ!?」
驚愕の余り、リーサは一瞬、独特のリズムあるバックステップを忘れた。
そして、ライガーマスクの唯一動く右腕が攻撃態勢に入ったときには、既に遅かった。
「ライガァアーァァッ! ブレェエエドォォオッッ!」
この試合、始めて繰り出したライガーマスクの言葉と右腕は共に人間のものではなかった。
ただ腕力任せに振り上げ、振り下ろす、ケダモノの手刀。 意味よりも重要な猛る雄叫び。
そして、砕け散るステッキ。
砕けたステッキの破片は花吹雪、歓声がライガーマスクを包んだ。
「ライガーマスク! ステッキを噛んで、その流れで砕きましたッ!
しかし、腕で支えるステッキを口で止められるものなんですかねェ!? ムエンバさん!」
「反射が間に合えば…という条件ですが、可能です。
常人でも顎の力は全身の中でも突出してますし、しかもライガーマスクはプロレスラー。
プロレスラーは他の格闘技に比べて首から落とされるような技が多く、首の強化は急務です。
そして、首を鍛えるブリッジなどの運動では、同時に顎も鍛えられる…格闘家の中でもトップクラスだと思いますよ。」
そんな解説は、リーサちゃんの耳には入っていない。
今、“ステッキではなく自分に手刀を振り下ろされていれば負けていた”
リーサとライガーマスクの体格差では、単純な力技だけでノックアウトさせられたはずなのだ。
「手加減…したの…ッ!?」
「…私はプロレスラーだ。
観客が見たくない勝利を…私たちは勝利とは呼ばない。」
リーサのファンは深手を負って昏倒するリーサを観に来たわけではない。
そして当然、ライガーマスクのファンもライガーマスクが少女を嬲る姿なんか金を貰ったって観たくない。
故に、ライガーマスクは自分以外が傷付かない戦い方――リーサの武器破壊――を選んだ。
「…ぐ、うう…。」
「どうする…まだやるか?」
一撃も打たれることなく、リーサはライガーマスクとの差を思い知った。
その差は、力量でも体力でも知名度でもなく、純粋な“器”だった。
“熟成された大器”と“未完の大器の差”だった。
「ぐ、ううう…!」
が、未完の大器が己の敗北を認められるわけもなく、リーサちゃんは跳んだ。
武器が折られても、リーサちゃんは未だに無傷、重傷を負っているのはライガーマスクなのだ。
拳を固め、リーサの乾坤の一撃。 それを迎え撃つべく右腕を構えるライガーマスク。
「リーサちゃん、もう良いップ!」
唐突に、リングサイドから小さな“影”が飛び出した。
その“影”は正確にリーサの首筋に直撃し、正確に意識を断絶するに至った。
「…あ、う…」
「もういいップ! 休むップ! リーサちゃん!」
それは、プリンワールドから来た妖精、ペテポンだった。
水色でツルリと丸い表皮、胴体に手足が直接生えている一頭身。
胴体のほとんどが口で、そこに巨大すぎる眼球が二つ。
狂科学の末に誕生したとしか思えない可愛らしいミュータントだ。
「リーサちゃんはもう戦えないップ!
だからここは…ペテポンが戦うップ!」
健気なペテポンの声に、歓声が広がる。
だがそれ以上にライガーマスクは、不意を衝いたとはいえリーサをいとも容易く昏倒させた力量に驚愕していた。
創作の中ではポピュラーな技だが、人間の意識を飛ばそうとすると、その相手を殺すほどの力を込めなければならない。
リーサは息も整い、完璧すぎる意識の飛ばし方をしている。
「…。」
「…何者って訊きたそうな顔をしてるから答えてやるぜ?」
歓声に呑まれてリング外には聞こえないほどの声で、ペテポンは告げた。
先ほどの媚びに媚びるた甘ったるい声ではなく、純然たる男の声で。
「もとはただのランドセル背負ったていどの小娘が、いきなり後天的魔女っ娘だ。
あの小娘に魔女式撲闘術を教えたのは…誰だと思ってやがるんだ?」
喋る中でも、表情はキャラクター然としている。
カワイらしく愛想を振りまき、キラキラと光り、ダンスでもしそうだ。
「俺が教え込んだ。
魔女式撲闘術を、な! つまり俺が本家本物ッ!
撲闘術の師匠ってわけだ! 弟子のリーサに手間取ってたテメェじゃ勝てねぇってことだな!」
「…会長にも注意されたが…私は口でさえずるのが苦手なんだ。
話す前に拳で来てくれないか? 挑発は苦手なんだ。」
いとも容易く、“どうでもいい”という様子のライガーマスク。
その言葉にはペテポンの表情を怒りに歪ませ…彼は苦手というが、これが挑発という。
「…フルボッコにしてやるップゥ!」
ペテポンが飛んだ。 跳躍ではなく、浮遊した。
それを右手でバッティングセンターのように腕を振るうライガーマスク。
タイミング・スピードにおいてジャストミート、ホームランコース…だがしかし、ペテポンはただのボールではない。
「おあああああっと!? ペテポン、噛み付いています!
ライガーマスクの拳に噛み付いています! これは…これは大丈夫でしょうか!?」
「かつて噛み付きの口撃を得手としたフレッド・ブラッシーという選手がいましたが…。
彼のテレビ放送を見た視聴者がそのショッキングな映像にショック死を起したことがあります。
しかし、今のペテポンを見てショック死はしないでしょう。
動物番組で小動物が飼い主と遊んでいる画像でショック死はしないでしょう?」
「いや、そうではなく…プロレスのルールにおいて、なんですが。」
「それも問題ないでしょう。 止めるならペテポンが乱入したときに止めているはずです。
これがプロレスの特異な点ですが…『例外が存在しても良い』…それが不文律です。
ただまあ、放送時間が中途半端になることだけが不安ですね。」
解説も見逃す中…いや、どのアングルから見ている客も気付いていない。
ペテポンにしゃぶり付かれ、口の中に入ったライガーマスクの五本の指は“何か”の攻撃を受けていた。
「ぬ、うおるぁああ!」
ライガーマスクが力任せにペテポンを振り払うことはできた。
だが、しゃぶられていた右拳は噛み付かれる前とは大きく変化していた。
「ライガーの指が…めちゃくちゃに折り曲げられているゥウウウ!?
口の中でなにをされたんだあああぁっっ!?」
「あれは恐らく、歯舌ッッ!」
ムエンバの言葉に、ペテポンが口笛一つ。
「へー、あの解説屋…博識だな。
その通り、歯舌…だ。」
云ってから、ペテポンは口から長いベロを出した。
いや、ただ長いだけではない。 円筒状で周囲に眼球のような突起があり、それ自体が一匹の蛇のようだ。
「歯舌はタコや貝が持つ、特殊発達器官ッ!
それを口の中で振るい、ライガーマスクの拳を粉砕したと思われますッ!」
「…エッ、それなら…」
「はい! 骨があるとは思えない柔軟な体! 一頭身! 肥大化した眼球!
なぜ私は気が付かなかったのでしょう! ペテポンは…いえ、全ての妖精は…!
深海から来た軟体動物ですっ!」
客席に薄く伸ばされた笑いが起こった。
プロレス独特のギャグだと思われているが、しかしリング上のライガーマスクはそれが冗談でないことを知っている。
「その通り。
俺が飛べるのも、深海で完成された水圧飛行ストークス法則によるもの。
このバカデカイ目玉も、深海では普通だったが…水上と水中とでの圧力差で飛び出しちまった。」
その言葉を聞いたライガーマスク自体は大して興味が無さそうだ。
しかし、言葉が聞こえていないはずの解説のムエンバは、まるで聞こえたかのように解説を繋ぐ。
「浮遊状態で軟体ということは、ほぼ打撃は効きません。
空に浮かぶ風船を割るようなものですし、蹴技の少ないライガーマスクは両拳ともに負傷…。
さらに軟体動物である以上、絞め・関節・投げも成立しません。」
「絞め・関節はともかく、投げもですかッ!?」
「投げ技は、“転ばせる”技です。
相手の骨と重心を利用しますからね…。
軟体、しかも浮遊している相手ともなれば、不可能でしょう。」
解説のコメントをペテポンはニヤニヤと笑って肯定する。
絶望的状況でありながら、ライガーマスクは気にも留めていない。
「さあさあァ…どうするんだぁ? ライガーさんよぉ?
解説が何を云おうと俺はカワイイマスコットだ、それを思いっきり殴れねぇだろ!?
…つっても、、殴られても俺には効かないんだけどなぁ…行くぜァっ!」
爆発するように距離を詰めるペテポン。
ボール状の胴体に生えた一関節しかない短い前足が、至近距離からライガーマスクを打ち据える。
「…重い…っ?」
「小さいからって甘くみてんじゃぁねーぞぁっ!
魔女式撲闘術の皆伝は、一撃で10メートル以上のダイオウイカを倒すこと…当然、俺は師範皆伝だっ!」
「…ああ、これなら…アニメ的な倒し方だな。」
ペテポンの言葉を気にも留めず、無造作にライガーマスクはペテポンを捕えた。
そして、リーサによってマスクを剥がれて露出した口に近づけ…頬張った。
食べたぁあああっっ!?
「ムエンバさん、これはっ!?」
「この手があったかっ、という好手です!
確かに口の中ならば全ての方向から等しく圧迫することができ、窒息に追い込むことができます!」
ペテポンが小さいとはいえ、それでもサッカーボールほどの大きさがあるものをいとも容易く口に入れた。
人間離れしたポテンシャルを発揮し、観客席は様々な感想を生みつつ、目が離せなくなっていた。
しかし、口の中のペテポンはさしたる脅威に感じては居なかった。
「話聞いてねーのかっ!
俺はカップメンが着せ替え人形のサイズにまで潰れるような深海で育ってんだよ!
こんな歯クソくせぇアゴのロックなんて、目じゃ…あれ?」
開かない。
思いっきり開こうとしているにもかかわらず、開かない。
何トンもの力を一点に掛けているにも、ライガーマスクの口が開く気配が無い。
「バカなっ!? シーサーペントの胃袋からでも脱出した俺が…出られないっ!?」
ペテポンを初めとする深海妖精は、地熱によって光合成をするサンゴが生み出す酸素を消費して生きる肺呼吸生物。
そのため、地上でも問題なく活動ができるのだが、それが今、仇になっていた。
「が・ぁ・クォ…らぁああ…息が…っ!」
ライガーマスクの口の中では、必要量の酸素が維持できず、呼吸できない。
しかも、先ほどのラッシュパンチで大幅に息を吐ききったところで口に入れられたので、残存酸素は少ない。
何とかする方法は、たった一つしかない。
「…ら、ライガーマスクゥ…出してくれぇ…俺の負けだぁ…」
今にも消え入りそうな声だったが、体内に入れているライガーマスクにしてみれば骨伝道で聞こえる。
もちろん、ライガーマスクは食いしばっていた歯を外し、ベッっと吐き出した。
「は、ッハア…ハア…。」
「…ペテポン、お前のギブアップはレフェリーに聞こえていない。
屈辱だろうが、もう一度云った方が良い。」
「ペテポン、脱出したぁああー! 勝負はまだこれからだぁー!」
息も絶え絶えなペテポンはそのとき、状況が自分がもくろんだ通りの方向に進んでいた。
ゆったりと息を整え、そして空に浮き、ファイティングポーズをとった。
「誰も聞いてないからなぁ~? 俺の降参なんて。」
「…なるほど。 そう来たか。」
「さあて困ったなぁ?
エンターティナーとしては一試合で同じ攻撃を2回はできないよな?
っていうか、俺も2度喰らうほどバカじゃねー。」
「…じゃあ、こっちで良いか。」
よく、ボクシングで対戦相手の死角に入る技術を『消える』と評することがある。
しかし、ライガーマスクは消えなかった。 ただ速かった。
視界の中に映り続けたライガーマスクが、単純にペテポンの反応を超えたスピードで間合いを詰めていた。
「…はっ!?」
その一撃はボクシングのように背筋や腰の入ったものではなく、ただたんに拳を振り上げただけだ。
それでもその一撃は、ペテポンが避けることが間に合うものでもなく、ブロックできるものでもなかった。
「ライガァア~ー! アッパァアアカァッッツっ!」
真下からの衝撃はペテポンを撥ね上げ、上空に飛ばした。
室内リングで繰り広げられていた試合だが、ライガーマスクの一撃は多くの照明を揺らし、天井を貫いた。
アニメ風に形容するなら、『吹っ飛ばされたペテポンはキラーンという効果音を含めて退場した』と。
「…風船を殴って割るのは困難だが、飛ばすだけなら誰でもできる…。」
静けさが会場を包み込み、そして…。
ゥおおおおおっっ!
「場外です! どうですかムエンバさん!」
「これは決着ですね。
…まあペテポンも軟体生物ですし、死んでは居ないでしょう。
むしろ、ダメージで云えば…ライガーマスクの方が…。」
ムエンバはそこで言葉を止めた。
ライガーマスクがアッパーを繰り出した右拳の指は、既にペテポンによって破壊されていた。
完全に破壊されていた拳で、ライガーマスクは全力の一撃を繰り出し、その激痛は推測できる範疇を超える。
「まずは、ライガーマスクの次大会への出場が決まったことを喜びましょう。
デュエル・オブ・ドライアドの予選権利獲得…です。」
それでも、ライガーマスクは楽勝という態度を崩さない。
絶対王者として、エンターティナーとして、格闘家として。
「次のデュエル・オブ・ドライアドでは…今日戦ったリーサやペテポンの分も戦おう。
…そして、俺は…どうするぁっ!?」
『ユうュ優勝オっツ』
観客席からタイミングはズレているが、同じ意思の言葉が飛び出た。
その雄叫びには、リーサちゃんやペテポンのファンも一緒にハモっていた。
「当然だ! キサマらァ! 見に来いよォッ! 俺の優勝ォッ!」
そして彼は、完治することのない傷を引っさげて、次なる戦いに駆けて行く。
ファンのため、自分が率いる団体のため、そして自分自身のために。
スポンサーサイト