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ゲイと童貞しか居ない国 前編

 そういえば、同性愛モノは初ですわ。
 そもそも、恋愛物自体をそうそう書かないし。
 でもSF。やっぱりSF。結局SF。そういうことです。




 【西暦二三四五年六月七日】
 234567、と直列に並ぶ日だとテレビのバラエティ番組が伝える中、彼の絶叫が響いた。
 「こんの、バカ野郎ぉおおおおッッ!」
 小森宗太郎(こもりそうたろう)は、外井甲介(そといこうすけ)を殴り飛ばした。
 “彼ら”は恋人同士で付き合って一〇年以上。
 喧嘩もしたこともなかったふたりの最初の衝突、その一撃は顔面を捉える小森の渾身の右ストレート。
 その傍らでは、一体のセックス用のアンドロイド、セクサロイドだけが目を大きくして見守っていた。



 【西暦二三三五年四月一日】
 彼らの出会いは、十万人の児童が集まるセンターだった。
 親元から離れた児童が一八歳まで共同生活する学校も兼ねる場。

 全ての児童が親元から引き離されるスリー・ディバイダー政策。
 それは、二世紀ほど前から全世界で同時に行われている政策で、国内を三つに区切るというもの。
 富裕層の男女が生活する“ホーム”、それ以外の男性が生活する“ズィー”、女性が生活する“ダブルエックス”。
 当然、新たに子供が生まれるのは“ホーム”だけであり、そこで七歳となったとき、男子はズィー、女子はダブルエックスへと旅立つ。
 そして、自由競争の社会で一定の社会階級となったとき、ホームへの帰還が認められる。
 明確な上昇志向は更なる人類の発展の原動力となり、更にホームの富裕層は七歳までに自分の子供がホームに帰れるように英才教育を施す。
 国家的な人口調節、競争制度が数十年の批判や失敗を経て完成系へと近づきつつある頃、七歳の小森は児童センターにやってきた。


 「…私は外井。お前は?」
 「小森宗太郎、何の用だ」
 当時、一五歳の警察官見習いだった外井は、親元から引き離されて泣き叫ぶ子供たちの警備実習に当たり、そんな中、小森に出会った。
 外井はダブルエックスと間違えられたのか? そう間違うほどに幼気な小森に視線を奪われ、泣き叫ぶ子供の中でひとりマイペースに時代遅れな編み物をして暇をつぶすそのメンタルに注意を奪われた。
 「小森か。お前は泣かないのだな。どの子供も児童センターに来た初日は泣くのにな」
 「懐郷病には抗体を持っているんだろうな。両親は社会貢献のつもりで俺を作っただけみたいだし」
 「社会貢献?」
 「セックス中に人口減少傾向のニュースがやっていたからコンドームなしでやってみたらできたのが俺…それより、そこどけよ、あんたデカくてジャマなんだよ」
 なんということか。外井は一五歳とまだ成長期だというのに“長身”と呼べる体格。確かに近くに来るだけで日陰ができる。
 まだ七歳の子供が胸には警察官のバッヂが光る自分に向け、ジャマ扱いする怖いもの知らず。面白い、率直に外井はそう思った。
 「最高のタイミングだな。さすがお前の両親だ」
 「は?」
 「お前のような面白い子供が生まれた。良い思い付きだ」
 それから、小森と外井は一緒に行動するようになった。
 男性しか居ないズィーやダブルエックスでは、オナニー用アンドロイドであるセクサロイドの開発が進み、ホーム帰還後に異性との性交渉への違和感が無いように配布・販売されている。
 それでも生身の人間同士でのつながりを第一とする思春期の性徴においては身近に居る相手に催すことも有り、同性同士のカップルも多く市民権を得ていた。
 セクサロイドとの疑似セックスしか経験のない童貞か、真正のゲイしかいない国、それがズィーだった。



 【西暦二三四四年四月四日】
 小森と外井も自然と一緒に生活するようになった。
 外井は一人前の刑事としてズィー内の治安を守り、小森はそんな彼との家を守る文字通りの“女房役”をやっていた。
 しかし、女房役として小森には一つ不満が有った。外井は小森と同棲はするものの、異性的な同性関係…セックスを求めることはなく、未だに小森は童貞。
 「なあ、外井は…その、俺と…そういうこと、したくならないか?」
 「…他に八十億も居る人類だ。それこそお前の両親みたいな奴らが適当にやってくれる」
 両親のことを云われると小森はそれ以上何も云えず、テレビでやっているズィーとホーム、それぞれのチームによる日本シリーズに話題を変えた。
 しかしそれが功奏ということもあるわけで。平静を装うパートナーの態度に外井は気が付いた。
 「お前、私とセックスがしたいのか?」
 小森の縫っている網目が狂った。
 「あんたってそういう奴だよな、空気も読まずに、空気を読み過ぎる」
 「したくないのか」
 「…したい」
 「先に云え。そうか、お前もそういうことに興味のある歳になったのか。俺も考えていなかったな。何がしたい?」
 「何が、って?」
 「体位や(検閲自動削除)とか(作者注:これ書くとR18)のようなことだ。希望は有るか?…風邪か?」
 顔面から手まで真っ赤にしたパートナーに、外井はバイタル測定用の機械を探しに行こうとするが、小森はそれを手で制す。
 「あんた、セクハラって言葉、知ってるか?」
 「昨日までセクハラからストーカーに発展した男を取り押さえたばかりだな。今は連続レイプ犯を追っているが」
 「…なんでもいいよ。あんたと、一緒なら」
 小森が消え入りそうな声は、応援していたズィーのチームが逆転タイムリーヒットを打った歓声で打ち消された。



 【西暦二三四五年六月七日】
 234567、と直列に並ぶ日だとテレビのバラエティ番組が伝える中、小森はパートナーの帰宅を待っていた。
 不安と期待が入り混じる。夕食を作り、風呂にも入り、部屋の掃除も入念にやった。
 落ち着かない。落ち着かなさ過ぎて毛糸の靴下が既に二組完成している。
 いつも痩せすぎだ、鍛えろと相棒は云う。
 もっと肉を付けておけば良かっただろうか。相棒に裸を見られるだけでこんなにざわつく。
 「ただいま」
 心臓が破裂するかと思った。自然と足が向かう。
 玄関に着くと、困惑と混乱が来た。そこには待ちわびた恋人が居た。しかしふたり。外井甲介がふたり。
 「同僚の警察官にセクサロイドにコネクションのあるヤツが居る。そいつに作ってもらった」
 「もしかして、三人で…するの?」
 「もう一体、作ってもらうのか?」
 「え?」
 「私と細部まで同じサイズで作ってもらった。こいつ相手にしたいことをしろ」
 意味を理解するのに一〇秒、そして次の一秒、手が出ていた。
 意訳するとそれは、“ひとりで勝手にしたいことをしろ”という意味でしかない。
 「こんの、バカ野郎ぉおおおおッッ!」
 彼らは付き合って一〇年以上。
 喧嘩もしたこともなかったふたりの最初の衝突、その一撃は顔面を捉える小森の渾身の右ストレート。
 その傍らでは、一体のセクサロイドだけが目を大きくして見守っていた。
 「…どうして私が殴られたか、説明をしてもらっていいか?」
 「あんたが! なんで殴られたか分からないから殴ったんだよ! 俺がバカだった! あんたはそんな奴だった!」
 「…落ち着け、お前の手から血が出ている。俺の方が頑丈なんだ。俺を殴っては…お前が傷つく」
 「知るか! 返して来い! このセクサロイド、今すぐ!」
 「特注品だ。返品してもカネはほとんど戻ってこないぞ」
 「良いから!」
 それ以上は何も伝えず、外井は自分そっくりのセクサロイドを引き連れ、出て行かざるをえなかった。
 帰って来たとき、家の中には誰も居なかった。

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