ゲイと童貞しか居ない国 後編
0:00に更新を考えていたんですが、やっぱり無理でした。
そういう告知はツイッターの所でちこちこやっているので、そっちもよろしくお願いします。
そういう告知はツイッターの所でちこちこやっているので、そっちもよろしくお願いします。
【西暦二三四五年六月九日】 AM・04:02
とある居酒屋。二四時間営業で仮眠所まで備えるという二一世紀末から流行りはじめたスタイルの居酒屋。
「…それってさぁ、俺は付き合わない、勝手にひとりエッチやってろ、って意味だろぉ…」
「ひどいヤツねぇ、別れちゃいなさい」
夜の遊び方も分からない小森は、コンビニやカラオケをさまよい、空が白んでから酒を飲み始めていた。
酒を勧めながら話を聞いていたのは、胸元を強調したミニスカートのレザードレス。通りすがりのミーナさん二八歳(自称)。
もちろん、ズィーには女性は居ないが女装は文化的に認知されており、ダブルエックスファッションと呼ばれ、浸透している。
豊胸でもしているのか、ふくよかなバストに引き締まったウエストなどかなり気合の入ったダブルエックスファッションだと小森は思っていた。
このミーナは、女装はするが男色はないと語っていた。
このズィーでは男性しか居ない環境が逆に性愛を複雑化していた。
女装した男しか愛せないゲイ、自分が女装して男のセクサロイドを責めないと興奮しない者など、複雑怪奇に入り混じっていた。
サルの段階から行われていた同性愛ではあるが、このような腐りきった非生産的な情愛は人間ぐらいであろう。
だがしかし、常に新しい物は腐った物からしか生まれはしない。だからこその人間である。
「でも、あたしならそれはそれでしちゃうけど。好きな人そっくりのセクサロイドと好きな人の前でする、って」
「そんなの、変態みたいじゃん」
「昔は男同士というだけでそういう扱いだったのよ? 興奮すれば良いんじゃない? 人間は結局みんな、ド変態なんだから」
想像してしまったのか、アルコールとの相乗で赤くなる小森。
「そういう、もの?」
「そういうものじゃない?」
「そういうものですか…」
言いながらレモンサワーを一気飲み。
「コモちゃんは、多分、形が欲しかったのよね…愛しているって云ってくれるタイプじゃないでしょ、その外井って人」
「…よく、分かりますね」
男同士の関係で、主夫として家の仕事してきた小森。
男と女には子供という形ができる。
それは本人同士の意志に関係なく大概において“あんたの子供を産んでやったのだから私たちを守りなさい” そんな契約ができる。
善し悪しでなく、何万年も続いてきたホモサピエンスという猿のメカニズムで、だから女は本能的に家と子供を守れる。男はそんな女を守れる。
だがしかし、男同士ならどうだ? 子供も作れない小森は“守られる価値”があるのか?
気分一つで、外井という男は小森との巣から出ていくこともできるし、小森を巣から追い出すこともできてしまう。
絆が欲しい。証明が欲しい。ただ一時の性愛だと言われるとしても、男同士でも確かな愛と絆がそこにあると、証明してほしかった。
心の中で外井が大事にしてくれていることは理解できている。そう感じていた。
しかし、外井はその事を口にしない、だから体で教えて欲しかった。言葉にしないならせめて身体で愛を語って欲しかった。
「どうすれば、良いのかな」
「多分だけど、コモちゃんのは贅沢な悩みよ。好きな人に好きだと思われて、それって私とかからすると凄く羨ましいって感じる」
「もっと優しい人を好きになれれば、良かったのかな」
「コモちゃん、外井さん以外とそういうこと、したい?」
「…したくないから、困ってんですよぉぉ…」
溜息と一緒に机に突っ伏し、そのまま小森は睡眠薬でも飲まされたようにぐっすりと寝てしまった。
ミーナは紅潮した小森の全身を舐めまわすように見つめ、満足そうに笑った。
「やっと眠ってくれたわね」
艶めかしく、怪しい笑顔だった。
【西暦二三四五年六月九日】 AM・10:20
警察署。空気が重い、重すぎる程だ。
その移乗重力源は、連続レイプ犯の資料を整理する外井甲介。
作業そのもののせいなのか、昨日から家を出ている女房役のせいなのか、彼の周りでは険悪な重力崩壊が起きていた。
「おはよう、外井、よお、昨日はどうなったんだ?」
「…おはよう、嶋崎」
ノーテンキに無重力。声をかけたのは、同僚・嶋崎。
事件調査のために男女が共存する“ホーム”と行き来できる権利を持つ男だが、生身の女には興味を示さず、外井そっくりのセクサロイドを用意できるほどセクサロイドに人生を懸けている。
Pカップ以下は乳房ではなく、乳房を持たないものは女ではないと公言しロボット女で毎晩発奮する嶋崎は、肉体関係に執着しないゲイ・外井とは性生活こそ正反対だが、なぜかこのふたりは警視庁では名コンビとして知れ渡っていた。
「ビックリしたぜ? 自分そっくりのセクサロイドを注文したと思ったら、今度はそれの返品。おかげで昨日は対して楽しむ時間が作れなかった」
「さあな、俺もよく分からん。昨日はうちにセクサロイドを渡したら…殴られた」
「おいおい。お前の所ってチェリーの宗太郎くんだろ? 最初から3Pっつったらお前、ビックリするだろ」
「三というのはどこから来る数字だ? お前の所からはセクサロイドを一台しか買ってないだろう」
嶋崎はここまでの会話を反芻し、気付く。 「あっ」
「お前、もしかして宗太郎くんにセクサロイドとやれ、って云ったわけ?」
「当然だろう。私がやる意味が無い」
苦笑いするしかない。お前がやらないで何がSEXかと。
「ウソだろー! オーマイガァッ、それでも男かよ、ガッデムラぁイト」
意味が分からないという様子で資料整理に意識を戻そうとする外井、そうはさせじと嶋崎は更に大げさな身振り。
「宗太郎ちゃんはさぁ、勇気を振り絞って、お前とヤりたいっつたわけでしょー。
それをセクサロイドと勝手にやってろって云われたら拒絶っしょー。愛する愛する旦那様から云われたら傷つくでしょー」
「…どうしてそうなるッ!?」
「どうしてそうならないのかが聞きてーよっ!」
ここに来て、初めてレイプ犯資料の整理が止まり、外井の顔から血の気が引いた。
「私は…小森を大事にしているだけだ!」
「じゃあそう云って抱きしめてやれよ、それだけで良かっただろうが!」
「あいつを大事に思っているからだろう! あいつは華奢で…そんなことをしたら壊れてしまうじゃないか!」
「壊してほしかったんだろうがよ、色々とぉおお!」
文頭にも紹介したがここは警察署。他の署員たちは変わらず市民の平和と安全のための仕事を続けていた。
ヒートアップするふたりを注意したいが、熱弁が行きすぎて誰もが近寄りがたくなっていた。
「…性的倒錯者ばかり見ているからな、どうすれば良いか…分からなかった」
「乙女かお前はッ!」
「童貞だ!」
お巡りさーん、朝の警察署でお巡りさんがこんな会話していますよー…と、話を聞いていた何人かの刑事は思った。
「…ちょっと待て。オイ、じゃあ何か? お前と宗太郎ちゃんって、あれか。童貞×童貞だったわけか?」
「そうだ。だから…怖かった」
嶋崎、頭を抱える。
「…判った、じゃあ、行け。探して来い。今した話をな! 素直に伝えろ!」
「しかし、まだ仕事が…」
「仕事なんかより大事な物があるだろ! 行け! 童貞! 行って云ってイけ!」
投げて寄越されたハンガーからジャケットを羽織る外井。ホルスターの重量に身がしまる。
「…ありがとう、嶋崎」
走り出した同僚を見送り、やれやれ、と嶋崎は満足そうに仕事を初め、纏められつつあったレイプ犯の情報を調べていく内に、“あること”に気が付いた。
「…あれ?」
嶋崎は私物のケータイを操作し、着信を確認した。
【西暦二三四五年六月九日】 AM・11:35
色恋に翻弄されながらも、外井は優秀な刑事であった。
小森の家出後の足跡を追跡し、行動開始から一時間ほどで居酒屋を見つけ出し、そのカメラ映像を観ていた。
「…誰だ? この野郎は?」
映像は小森が酔いつぶれ、レザードレスの女装男に背負われるようにして出ていく所で終わっていた。
酒なんて呑ませたことのないパートナーを酔い潰し、その状態で連れ去った女装男がいる、その事実に外井は強い憤りを感じ、そしてそんな自分に困惑すらしていた。
だがしかし、本当に困惑するのは映像を提供させられているこの居酒屋の店主である。
商売柄、警察に話を訊かれることは多いが、ここまで怒りを前面に出した刑事なんて観たことが無いからだ。
そんな空気を劈くように一本の電話。嶋崎だった。
「なんだ?」
【落ち着いて聞けよ! ヤバいかもしれないぜ外井!】
お前が落ち着け、そう云いたい気持ちを抑えた方が早く落ち着くのだろうな。そんなことを考えていた。
【例のレイプ犯だが、被害者の共通点が分かったんだ! 全員が好きな男にフラれたばっかりの野郎!】
「…そんなことはとっくに気付いている。それだけか?」
あっさりと言い放つが、その事実は他の警察官は気付いていないことだった。
破局したと云っても、レイプされた直後に被害者全員がしたいわけでもなく、嶋崎は独自のルートで情報を処理し、外井は足と行動力を使ってその共通項に到達していた。
【じゃあ、こっちは? 犯人の格好はあるマイナーなファッションサイトで紹介されていたコーディネイトをそのまま真似たものだったんだ!】
「…それは気付かなかったな、なるほど」
興味はあったが、それどころじゃないとばかりに外井は話を切り上げようとする。
【次の犯人の服装はレザードレスだ。胸元に良い感じのスリットが入った、かなりミニなヤツ。 今、お前のケータイに画像を送る】
レザードレス…?
その言葉に背筋が冷えた。ケータイのモニタに表示されたドレスと、居酒屋の防犯カメラを見比べ、外井は店長の方を顧みた。
店長の方は睨み付けられたと判断し、命の危機すら感じて画面に映っているダブルエックスファッションの常連客の情報を喋った。
「被疑者は大原美奈斗、ミーナと名乗っている男だ! 住所は今送った通りだ! 仕事をしろ嶋崎! 私はこれから自宅へ向かう!」
あの映像は早朝の四時、遅すぎたかもしれない。何をされているかもわからない。
居酒屋店員のバイクを奪うように借り受けた、というか、借りるという名目で奪った外井の行動は早かった。
手動操作で自動運転の車の間をすり抜け、ミーナの自宅マンションへ到着し、そこからは犯罪者のように周到で静かに侵入してく。
オートロック? カメラ? なにそれ? とばかりのスピードだ。
影もなく玄関まで到着した外井は、サイレンサーを取り付けた拳銃でドアの蝶番を撃ち抜き、逆側からドアを解体するように開く。
破壊してから鍵がかかっていなかったことを確認したが、それ以上の注視はしない。乾いた砂に水が染み渡る様に意識は全て周囲の気配へと拡散させている、現場の基本だ。
迷わない、相手に時間を与えれば、それだけ恋人が危険に晒される。
ドアを端から全て蹴破るつもりで居たが、破った一つ目の部屋の中、大きなベッドの有る寝室。大きなベッドにしっくりこないらしく寝返りを打ったその顔は、間違いなく小森宗太郎だった。
「小森っ!」
部屋に一気に侵入して抱き上げる。
抱き起こされたことで小森も目が覚め、酔いが冷め、頭が醒める。
「ふ、ふえ!? 外井、え、なに、どういうことっ!?」
「怪我はないか? なにもされていないか?」
十数年の付き合いで、初めて強く抱きしめられ、小森は状況に困惑し、酒を飲んでいた時以上の体の熱さと、興奮をしていた。
「大げさだろ、ちょっと家出してただけだろ!?」
「しかし、お前、ここまで拉致されてきたんだろう?」
「拉致って、えっ!?」
「はい、ここでネタバラシ」
背後から気配もなくかかった声に、銃を向ける外井。
そこには、蹴破られたドアを盾代わりに構える嶋崎が不敵に笑っていた。
「お前…レイプ犯の一味だったのか!」
「なんでそうなる!? 違うだろ! もう捕まったの! ケータイ見ろ!」
小森が外井のジャケットからケータイを抜き出し、確認する。
そこには画像付きで警察内連絡網で、画像付きで連続レイプ犯逮捕の情報が流れていた。
画像に映っている男は、筋骨隆々としたダブルエックスファッションをすると面白くなるタイプの男で、先ほどのミーナとは似ても似つかないタイプだった。
「あーもう、壊してくれちゃって…鍵開けてたのに…」
「こいつ、例のファッションサイトの管理人」
「コモちゃんが好きな人が刑事さんだって云ってたから、シマちゃんに伝えたら、同僚だって云うから、さ。世間って狭いわよね」
声に続いて姿を現したミーナを顎で指す嶋崎。その様子に外井は合点が行ったようだったが、小森はきょとんと状況が分かっていない。
つまるところ、事件でもなんでもなかった。
ミーナは善意で酔いつぶれた小森を自宅に連れ帰り、そのことを嶋崎に伝えると、嶋崎が脚色して外井をここに突入するように仕向けた。
本当のレイプ犯がミーナのサイトの視聴者だった気が付き、逮捕の目途が立ったことから思いついたそうだ。
「…どういう繋がりなんですか? お二人は?」
「…どうって…」
小森の質問に、がっしりと肩を組み、声をそろえて。
『巨乳愛好家』
「…もしかして、付き合っているんですか?」
「いや、全然。ただオッパイを心から愛している、って関係」
「バカシマと恋愛とか無理ね、コモちゃんの所の外井さんと同じくらい問題あるから」
笑顔で睨み付けるという難易度の高いことをやってのけるミーナさん。意味は“土下座しろバカ男”だ。
ドアを壊したことではない、小森に対してのことだということは、外井にも理解できた。
「…小森、家に、帰って来てくれるか」
「…うん」
小森が見たかったものは、これだったのかもしれない。
自分のために、必死になって欲しかったから。大事にしていると教えて欲しかったから。
外井が運転するバイクの後ろに乗り、家に向かう間中、ずっと背中越しに外井の鼓動を感じ、小森は結局、自分が外井を愛しているということを思い出していた。
「…ところで、その、どうやれば良いんだ? 私は?」
「何が?」
「セックスの仕方が、よく…分からないんだ。お前がなにをすれば喜んでくれるのか…」
その言葉に、ぎゅう、と小森は外井の腰に回した腕を強く抱きしめる。
「外井、俺が可愛がってやるぜっ」
バカップル、今日も借りパクしたバイクで帰宅する。
ゲイだとしても、童貞だとしても、ゲイで童貞だとしても、結局の所、人間は人間が好きになる動物でしかなかった。
とある居酒屋。二四時間営業で仮眠所まで備えるという二一世紀末から流行りはじめたスタイルの居酒屋。
「…それってさぁ、俺は付き合わない、勝手にひとりエッチやってろ、って意味だろぉ…」
「ひどいヤツねぇ、別れちゃいなさい」
夜の遊び方も分からない小森は、コンビニやカラオケをさまよい、空が白んでから酒を飲み始めていた。
酒を勧めながら話を聞いていたのは、胸元を強調したミニスカートのレザードレス。通りすがりのミーナさん二八歳(自称)。
もちろん、ズィーには女性は居ないが女装は文化的に認知されており、ダブルエックスファッションと呼ばれ、浸透している。
豊胸でもしているのか、ふくよかなバストに引き締まったウエストなどかなり気合の入ったダブルエックスファッションだと小森は思っていた。
このミーナは、女装はするが男色はないと語っていた。
このズィーでは男性しか居ない環境が逆に性愛を複雑化していた。
女装した男しか愛せないゲイ、自分が女装して男のセクサロイドを責めないと興奮しない者など、複雑怪奇に入り混じっていた。
サルの段階から行われていた同性愛ではあるが、このような腐りきった非生産的な情愛は人間ぐらいであろう。
だがしかし、常に新しい物は腐った物からしか生まれはしない。だからこその人間である。
「でも、あたしならそれはそれでしちゃうけど。好きな人そっくりのセクサロイドと好きな人の前でする、って」
「そんなの、変態みたいじゃん」
「昔は男同士というだけでそういう扱いだったのよ? 興奮すれば良いんじゃない? 人間は結局みんな、ド変態なんだから」
想像してしまったのか、アルコールとの相乗で赤くなる小森。
「そういう、もの?」
「そういうものじゃない?」
「そういうものですか…」
言いながらレモンサワーを一気飲み。
「コモちゃんは、多分、形が欲しかったのよね…愛しているって云ってくれるタイプじゃないでしょ、その外井って人」
「…よく、分かりますね」
男同士の関係で、主夫として家の仕事してきた小森。
男と女には子供という形ができる。
それは本人同士の意志に関係なく大概において“あんたの子供を産んでやったのだから私たちを守りなさい” そんな契約ができる。
善し悪しでなく、何万年も続いてきたホモサピエンスという猿のメカニズムで、だから女は本能的に家と子供を守れる。男はそんな女を守れる。
だがしかし、男同士ならどうだ? 子供も作れない小森は“守られる価値”があるのか?
気分一つで、外井という男は小森との巣から出ていくこともできるし、小森を巣から追い出すこともできてしまう。
絆が欲しい。証明が欲しい。ただ一時の性愛だと言われるとしても、男同士でも確かな愛と絆がそこにあると、証明してほしかった。
心の中で外井が大事にしてくれていることは理解できている。そう感じていた。
しかし、外井はその事を口にしない、だから体で教えて欲しかった。言葉にしないならせめて身体で愛を語って欲しかった。
「どうすれば、良いのかな」
「多分だけど、コモちゃんのは贅沢な悩みよ。好きな人に好きだと思われて、それって私とかからすると凄く羨ましいって感じる」
「もっと優しい人を好きになれれば、良かったのかな」
「コモちゃん、外井さん以外とそういうこと、したい?」
「…したくないから、困ってんですよぉぉ…」
溜息と一緒に机に突っ伏し、そのまま小森は睡眠薬でも飲まされたようにぐっすりと寝てしまった。
ミーナは紅潮した小森の全身を舐めまわすように見つめ、満足そうに笑った。
「やっと眠ってくれたわね」
艶めかしく、怪しい笑顔だった。
【西暦二三四五年六月九日】 AM・10:20
警察署。空気が重い、重すぎる程だ。
その移乗重力源は、連続レイプ犯の資料を整理する外井甲介。
作業そのもののせいなのか、昨日から家を出ている女房役のせいなのか、彼の周りでは険悪な重力崩壊が起きていた。
「おはよう、外井、よお、昨日はどうなったんだ?」
「…おはよう、嶋崎」
ノーテンキに無重力。声をかけたのは、同僚・嶋崎。
事件調査のために男女が共存する“ホーム”と行き来できる権利を持つ男だが、生身の女には興味を示さず、外井そっくりのセクサロイドを用意できるほどセクサロイドに人生を懸けている。
Pカップ以下は乳房ではなく、乳房を持たないものは女ではないと公言しロボット女で毎晩発奮する嶋崎は、肉体関係に執着しないゲイ・外井とは性生活こそ正反対だが、なぜかこのふたりは警視庁では名コンビとして知れ渡っていた。
「ビックリしたぜ? 自分そっくりのセクサロイドを注文したと思ったら、今度はそれの返品。おかげで昨日は対して楽しむ時間が作れなかった」
「さあな、俺もよく分からん。昨日はうちにセクサロイドを渡したら…殴られた」
「おいおい。お前の所ってチェリーの宗太郎くんだろ? 最初から3Pっつったらお前、ビックリするだろ」
「三というのはどこから来る数字だ? お前の所からはセクサロイドを一台しか買ってないだろう」
嶋崎はここまでの会話を反芻し、気付く。 「あっ」
「お前、もしかして宗太郎くんにセクサロイドとやれ、って云ったわけ?」
「当然だろう。私がやる意味が無い」
苦笑いするしかない。お前がやらないで何がSEXかと。
「ウソだろー! オーマイガァッ、それでも男かよ、ガッデムラぁイト」
意味が分からないという様子で資料整理に意識を戻そうとする外井、そうはさせじと嶋崎は更に大げさな身振り。
「宗太郎ちゃんはさぁ、勇気を振り絞って、お前とヤりたいっつたわけでしょー。
それをセクサロイドと勝手にやってろって云われたら拒絶っしょー。愛する愛する旦那様から云われたら傷つくでしょー」
「…どうしてそうなるッ!?」
「どうしてそうならないのかが聞きてーよっ!」
ここに来て、初めてレイプ犯資料の整理が止まり、外井の顔から血の気が引いた。
「私は…小森を大事にしているだけだ!」
「じゃあそう云って抱きしめてやれよ、それだけで良かっただろうが!」
「あいつを大事に思っているからだろう! あいつは華奢で…そんなことをしたら壊れてしまうじゃないか!」
「壊してほしかったんだろうがよ、色々とぉおお!」
文頭にも紹介したがここは警察署。他の署員たちは変わらず市民の平和と安全のための仕事を続けていた。
ヒートアップするふたりを注意したいが、熱弁が行きすぎて誰もが近寄りがたくなっていた。
「…性的倒錯者ばかり見ているからな、どうすれば良いか…分からなかった」
「乙女かお前はッ!」
「童貞だ!」
お巡りさーん、朝の警察署でお巡りさんがこんな会話していますよー…と、話を聞いていた何人かの刑事は思った。
「…ちょっと待て。オイ、じゃあ何か? お前と宗太郎ちゃんって、あれか。童貞×童貞だったわけか?」
「そうだ。だから…怖かった」
嶋崎、頭を抱える。
「…判った、じゃあ、行け。探して来い。今した話をな! 素直に伝えろ!」
「しかし、まだ仕事が…」
「仕事なんかより大事な物があるだろ! 行け! 童貞! 行って云ってイけ!」
投げて寄越されたハンガーからジャケットを羽織る外井。ホルスターの重量に身がしまる。
「…ありがとう、嶋崎」
走り出した同僚を見送り、やれやれ、と嶋崎は満足そうに仕事を初め、纏められつつあったレイプ犯の情報を調べていく内に、“あること”に気が付いた。
「…あれ?」
嶋崎は私物のケータイを操作し、着信を確認した。
【西暦二三四五年六月九日】 AM・11:35
色恋に翻弄されながらも、外井は優秀な刑事であった。
小森の家出後の足跡を追跡し、行動開始から一時間ほどで居酒屋を見つけ出し、そのカメラ映像を観ていた。
「…誰だ? この野郎は?」
映像は小森が酔いつぶれ、レザードレスの女装男に背負われるようにして出ていく所で終わっていた。
酒なんて呑ませたことのないパートナーを酔い潰し、その状態で連れ去った女装男がいる、その事実に外井は強い憤りを感じ、そしてそんな自分に困惑すらしていた。
だがしかし、本当に困惑するのは映像を提供させられているこの居酒屋の店主である。
商売柄、警察に話を訊かれることは多いが、ここまで怒りを前面に出した刑事なんて観たことが無いからだ。
そんな空気を劈くように一本の電話。嶋崎だった。
「なんだ?」
【落ち着いて聞けよ! ヤバいかもしれないぜ外井!】
お前が落ち着け、そう云いたい気持ちを抑えた方が早く落ち着くのだろうな。そんなことを考えていた。
【例のレイプ犯だが、被害者の共通点が分かったんだ! 全員が好きな男にフラれたばっかりの野郎!】
「…そんなことはとっくに気付いている。それだけか?」
あっさりと言い放つが、その事実は他の警察官は気付いていないことだった。
破局したと云っても、レイプされた直後に被害者全員がしたいわけでもなく、嶋崎は独自のルートで情報を処理し、外井は足と行動力を使ってその共通項に到達していた。
【じゃあ、こっちは? 犯人の格好はあるマイナーなファッションサイトで紹介されていたコーディネイトをそのまま真似たものだったんだ!】
「…それは気付かなかったな、なるほど」
興味はあったが、それどころじゃないとばかりに外井は話を切り上げようとする。
【次の犯人の服装はレザードレスだ。胸元に良い感じのスリットが入った、かなりミニなヤツ。 今、お前のケータイに画像を送る】
レザードレス…?
その言葉に背筋が冷えた。ケータイのモニタに表示されたドレスと、居酒屋の防犯カメラを見比べ、外井は店長の方を顧みた。
店長の方は睨み付けられたと判断し、命の危機すら感じて画面に映っているダブルエックスファッションの常連客の情報を喋った。
「被疑者は大原美奈斗、ミーナと名乗っている男だ! 住所は今送った通りだ! 仕事をしろ嶋崎! 私はこれから自宅へ向かう!」
あの映像は早朝の四時、遅すぎたかもしれない。何をされているかもわからない。
居酒屋店員のバイクを奪うように借り受けた、というか、借りるという名目で奪った外井の行動は早かった。
手動操作で自動運転の車の間をすり抜け、ミーナの自宅マンションへ到着し、そこからは犯罪者のように周到で静かに侵入してく。
オートロック? カメラ? なにそれ? とばかりのスピードだ。
影もなく玄関まで到着した外井は、サイレンサーを取り付けた拳銃でドアの蝶番を撃ち抜き、逆側からドアを解体するように開く。
破壊してから鍵がかかっていなかったことを確認したが、それ以上の注視はしない。乾いた砂に水が染み渡る様に意識は全て周囲の気配へと拡散させている、現場の基本だ。
迷わない、相手に時間を与えれば、それだけ恋人が危険に晒される。
ドアを端から全て蹴破るつもりで居たが、破った一つ目の部屋の中、大きなベッドの有る寝室。大きなベッドにしっくりこないらしく寝返りを打ったその顔は、間違いなく小森宗太郎だった。
「小森っ!」
部屋に一気に侵入して抱き上げる。
抱き起こされたことで小森も目が覚め、酔いが冷め、頭が醒める。
「ふ、ふえ!? 外井、え、なに、どういうことっ!?」
「怪我はないか? なにもされていないか?」
十数年の付き合いで、初めて強く抱きしめられ、小森は状況に困惑し、酒を飲んでいた時以上の体の熱さと、興奮をしていた。
「大げさだろ、ちょっと家出してただけだろ!?」
「しかし、お前、ここまで拉致されてきたんだろう?」
「拉致って、えっ!?」
「はい、ここでネタバラシ」
背後から気配もなくかかった声に、銃を向ける外井。
そこには、蹴破られたドアを盾代わりに構える嶋崎が不敵に笑っていた。
「お前…レイプ犯の一味だったのか!」
「なんでそうなる!? 違うだろ! もう捕まったの! ケータイ見ろ!」
小森が外井のジャケットからケータイを抜き出し、確認する。
そこには画像付きで警察内連絡網で、画像付きで連続レイプ犯逮捕の情報が流れていた。
画像に映っている男は、筋骨隆々としたダブルエックスファッションをすると面白くなるタイプの男で、先ほどのミーナとは似ても似つかないタイプだった。
「あーもう、壊してくれちゃって…鍵開けてたのに…」
「こいつ、例のファッションサイトの管理人」
「コモちゃんが好きな人が刑事さんだって云ってたから、シマちゃんに伝えたら、同僚だって云うから、さ。世間って狭いわよね」
声に続いて姿を現したミーナを顎で指す嶋崎。その様子に外井は合点が行ったようだったが、小森はきょとんと状況が分かっていない。
つまるところ、事件でもなんでもなかった。
ミーナは善意で酔いつぶれた小森を自宅に連れ帰り、そのことを嶋崎に伝えると、嶋崎が脚色して外井をここに突入するように仕向けた。
本当のレイプ犯がミーナのサイトの視聴者だった気が付き、逮捕の目途が立ったことから思いついたそうだ。
「…どういう繋がりなんですか? お二人は?」
「…どうって…」
小森の質問に、がっしりと肩を組み、声をそろえて。
『巨乳愛好家』
「…もしかして、付き合っているんですか?」
「いや、全然。ただオッパイを心から愛している、って関係」
「バカシマと恋愛とか無理ね、コモちゃんの所の外井さんと同じくらい問題あるから」
笑顔で睨み付けるという難易度の高いことをやってのけるミーナさん。意味は“土下座しろバカ男”だ。
ドアを壊したことではない、小森に対してのことだということは、外井にも理解できた。
「…小森、家に、帰って来てくれるか」
「…うん」
小森が見たかったものは、これだったのかもしれない。
自分のために、必死になって欲しかったから。大事にしていると教えて欲しかったから。
外井が運転するバイクの後ろに乗り、家に向かう間中、ずっと背中越しに外井の鼓動を感じ、小森は結局、自分が外井を愛しているということを思い出していた。
「…ところで、その、どうやれば良いんだ? 私は?」
「何が?」
「セックスの仕方が、よく…分からないんだ。お前がなにをすれば喜んでくれるのか…」
その言葉に、ぎゅう、と小森は外井の腰に回した腕を強く抱きしめる。
「外井、俺が可愛がってやるぜっ」
バカップル、今日も借りパクしたバイクで帰宅する。
ゲイだとしても、童貞だとしても、ゲイで童貞だとしても、結局の所、人間は人間が好きになる動物でしかなかった。
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