空想科学探偵:中聖子陽子 第一話更新!
というわけで、新連載です。 皆さん、読んでくださいねー。っと。
ブログとなろうで同時更新にすると誤字なんかの修正が面倒になるなー、とか思ったんですが、よく考えたらブログはオリジナル版、なろうは最新版、とかって分ければいいと気付いた。
2017年12月27日
走るということはとにかく気分が良い。
朝の空気を切り、身体が風になるような感触を須古冬美(すこふゆみ)は気に入っていた。
左手を見れば雪の残る公園、右手を見れば火星へのシャトル船の発着場。自分もいつかあれに乗って宇宙まで走っていきたい。真空の宇宙を走る風になっていきたい。
高校生最後の冬休み。人生は走ることと一緒だと誰かが、というか、誰もが言っている言い回しではあるが、だからこそ実感なのだろう。
暗闇の中を走ることは危険だが、しかし道標があれば、走っていける。
夢が有れば道が見えてくる。見えさえすれば走るだけで良い。
現実に足が向く先は急こう配の坂道、どんな道でも登っていくという意思が有れば、人生は進んでいけると冬美は信じ、今日もこの坂道をダッシュで駆け上がる。
冬美の人生において、大学受験は他の受験生以上に大きな意味が有った。
ある学校でなければならない、他の学校ではダメだ。滑り止めでは意味が無い。学力的には十二分に通用するだろうが、彼女には資金力という点で他の受験生以上に苦労しており、そのため、勉強の合間に走り込む。
身体は全ての基本であると冬美は思うし、身体を他人に預ける冬美のアルバイトにおいては他の職種よりも更にそのウェイトが重い。
身体を他人に預けるということに強い嫌悪感を抱く意見、卑しい仕事だと云う自称良識人、若いうちからこんな仕事をする必要が無いという人間も居る。
しかし冬美からすれば、若いからこそできる仕事であり、年老いた自分の身体に誰が値段を付けるというのか、と問い返す。
どちらにしろ、親に頼れない冬美にとっては、その仕事だけが夢へと続く道であり、それがどれだけ過酷な道でも登り切るしかないと思っていた。
そのとき、馴染みの新聞配達の学生とすれちがいながら、冬美は心臓破りの坂を走り切り、額の汗を首のタオルで拭った。
――大丈夫、私は、きっと、夢まで登っていける――
念のため断っておくが、冬美の職業は売春や援助交際の類ではない。
違法行為ではなく、人々を笑顔にする仕事であり、冬美はこの仕事を不安に思う反面、誇りにも思っていた。
ランニングの足で冬美はネットカフェに入っていた。
備え付けのシャワーで汗を流し、着替えてから暗証番号式のロッカーに荷物を預け、仕事を初めた。
力を抜いて目を瞑り、意識を遠くへ向ける。リラックスして疲れに身を任せるイメージで、眠りにつく。順調だった。この仕事を初めて十年近いベテランだけのことはある。
冬美が目を覚ますと、真っ白な部屋の中にいた。非現実的な白い正方形の空間。
見知らぬ部屋に居るのは冬美の仕事としては珍しいことではないが、出入口も見当たらず、トイレと洗面台、家電は冷蔵庫とパソコンだけ。ここまで整頓されすぎた場所というのは冬美のキャリアの中でも初めてだった。
しかも、洗面台の鏡に目を向ければ、そこには仮面の女が映っていた。頭部を覆うラバーの様な手触りの仮面。大した強度ではないが、外すには壊さないといけないようだ。
口元にはジッパーで開閉するようになっており、開けた中には歯並びの良い唇が覗く。
――私より歯並び良いわ。この私――
冬美は仕事の度に、“元の身体”と“今の身体”を比べてしまう。良い癖ではないと思いつつも、職業病だよな、と笑う。
部屋の中央にあるパソコンに電源を入れ、ネット上の問題集へとアクセスする。
こんな奇妙な部屋の中でも、恐怖や狼狽ということも無く、受験生の休日はどっちみち勉強だけ。余計な物が無い分、集中できて良い空間とすら冬美は思っていた。
人格交換。脳波を電気信号と捉え、他人へと記憶と自我だけを交換する技術。
技術自体は一九九〇年代に体系化されていたが、安全性や商業性など、さまざまな課題解決から、一般流通したのは十年ほど前からだった。
最接近した火星までなら最速のシャトルに乗っていけば二日ほどだというのに、地球内で移動するにも一日掛かってしまうこの矛盾、三連休でも行きに一日・帰りに一日使ってしまうのでは何が何やら。
ならば、人格だけを移動させればどうだろうか? と発案されたのが“人格交換旅行”だった。
実用・趣味問わず、旅行において必要なのは経験であり、肉体と一緒に旅をして残るのはせいぜい記念写真や移動疲れ程度。
その記念写真や移動疲れが欲しいという意見も多数では有ったが、移動で時間を無駄遣いしたくないという意見もまた多数であり、観光地周辺で生活している人間の仕事のひとつとなった。
冬美も幼少から人格交換を主だった収入源としており、彼女には住み慣れた町でも市外、国外の住人からは楽しい旅行先だそうだ。
数時間身体を貸出せば、通常のアルバイト数日分の収入になり、本日は丸一日レンタルすることになっている。
前述したとおり、冬美は進学を夢とする学生であり、高収入を得つつ集中して勉強に打ち込めるこの職業は願っても無い環境でも有った。
事前に報酬と一緒に依頼人に現金を振り込んでもらい、それを持ち合わせた状態で肉体を交換するだけ。
もちろん、トラブル・ハプニングというものは皆無にはならないが、それはレンタカーや賃貸物件と変わらない。
事前の契約・保険に従い、人格交換の記録から保障されることになっているし、扱う物が他人様の肉体とあっては、重大事故の発生率は交通事故よりも格段に少ない。
勉強中も時間を確認しつつ、目を休ませ、肩が凝らないように簡単な運動もする。
交換中の相手の身体のケアもしておけば評判が上がり、交換時の料金も上がっていくと言うもの。勉強に打ち込んでいると、突然に身体が震えた。向こうが肉体を元に戻そうとしている。
丸一日という契約だったが、まだほんの二時間ほど。キャンセルは初めてではないし驚きはしないが、突発的なハプニングかと身構える、というより、心構えをした。
冬美が目を覚ますと、歩道橋の上にしゃがみこんでいた。
駅前の歩道橋であると判断が付いたが、状況が全く分からなかったが、全力で走ったのだろうか、息が上がっている。
今回の依頼人、確か名前を国木さんといっただろうか、彼女が何かしたのだろうか。
こういう場合は状況の把握の前に、安全の確保である。
こんなこともあろうかと、しっかりと交番の位置は把握している。
まず状況を説明し、その後、国木さんと連絡を取る。マニュアル通りで大丈夫だ。
その交番に入ったとき、冬美は異常な雰囲気を感じ取った。
交番の中には巡査とスーツを着ている男が立っていた。冬美はスーツの男を直観的に刑事だと感じ取り、緊迫した状況であることを察したが、状況はそれだけではなかった。
ふたりの警察官は、すいません、と入って来た冬美とモニターを見比べた。
『あ』
冬美の顔を観た警官たちと、そのモニターの映像を観た冬美が同時に声を上げた。
モニターに映っている映像は何かのカメラ映像のようだ。
右上には時刻表示が有り、日付は今日、時刻は一時間三〇分前となっている。
映像の中では冬美が手に拳銃を握りしめ、見知らぬ男の頭に拳銃を押し当て、引き金をひき…血液がカメラのレンズまで飛んでいた。
そのショッキングな映像はループしているようであり、短い間に何度も映し出されていた。
「ちょっと話、聞かせてもらえるよね?」
巡査が静かに、極めて冷静に言葉を発しつつ、立ち上がった。
冬美が逃げないようにしていると冬美にもわかったが、彼女は腰から力が抜けるような感触が有った。
このときはまだ、冬美の中に冷静に機能する部分が心の中に有った。
依頼人である国木優に肉体を貸していたことを説明し、連絡さえすれば面倒ではあるが解放されるだろう、と。
しかし、この一時間後、その国木優は一週間前に既に死亡しているということを聞かされたとき、冬美は凍り付いた。
―――お母さん、私、どうすればいいのかな――
病院の母親を思いながら、事件は動き出していた。
ブログとなろうで同時更新にすると誤字なんかの修正が面倒になるなー、とか思ったんですが、よく考えたらブログはオリジナル版、なろうは最新版、とかって分ければいいと気付いた。
2017年12月27日
走るということはとにかく気分が良い。
朝の空気を切り、身体が風になるような感触を須古冬美(すこふゆみ)は気に入っていた。
左手を見れば雪の残る公園、右手を見れば火星へのシャトル船の発着場。自分もいつかあれに乗って宇宙まで走っていきたい。真空の宇宙を走る風になっていきたい。
高校生最後の冬休み。人生は走ることと一緒だと誰かが、というか、誰もが言っている言い回しではあるが、だからこそ実感なのだろう。
暗闇の中を走ることは危険だが、しかし道標があれば、走っていける。
夢が有れば道が見えてくる。見えさえすれば走るだけで良い。
現実に足が向く先は急こう配の坂道、どんな道でも登っていくという意思が有れば、人生は進んでいけると冬美は信じ、今日もこの坂道をダッシュで駆け上がる。
冬美の人生において、大学受験は他の受験生以上に大きな意味が有った。
ある学校でなければならない、他の学校ではダメだ。滑り止めでは意味が無い。学力的には十二分に通用するだろうが、彼女には資金力という点で他の受験生以上に苦労しており、そのため、勉強の合間に走り込む。
身体は全ての基本であると冬美は思うし、身体を他人に預ける冬美のアルバイトにおいては他の職種よりも更にそのウェイトが重い。
身体を他人に預けるということに強い嫌悪感を抱く意見、卑しい仕事だと云う自称良識人、若いうちからこんな仕事をする必要が無いという人間も居る。
しかし冬美からすれば、若いからこそできる仕事であり、年老いた自分の身体に誰が値段を付けるというのか、と問い返す。
どちらにしろ、親に頼れない冬美にとっては、その仕事だけが夢へと続く道であり、それがどれだけ過酷な道でも登り切るしかないと思っていた。
そのとき、馴染みの新聞配達の学生とすれちがいながら、冬美は心臓破りの坂を走り切り、額の汗を首のタオルで拭った。
――大丈夫、私は、きっと、夢まで登っていける――
念のため断っておくが、冬美の職業は売春や援助交際の類ではない。
違法行為ではなく、人々を笑顔にする仕事であり、冬美はこの仕事を不安に思う反面、誇りにも思っていた。
ランニングの足で冬美はネットカフェに入っていた。
備え付けのシャワーで汗を流し、着替えてから暗証番号式のロッカーに荷物を預け、仕事を初めた。
力を抜いて目を瞑り、意識を遠くへ向ける。リラックスして疲れに身を任せるイメージで、眠りにつく。順調だった。この仕事を初めて十年近いベテランだけのことはある。
冬美が目を覚ますと、真っ白な部屋の中にいた。非現実的な白い正方形の空間。
見知らぬ部屋に居るのは冬美の仕事としては珍しいことではないが、出入口も見当たらず、トイレと洗面台、家電は冷蔵庫とパソコンだけ。ここまで整頓されすぎた場所というのは冬美のキャリアの中でも初めてだった。
しかも、洗面台の鏡に目を向ければ、そこには仮面の女が映っていた。頭部を覆うラバーの様な手触りの仮面。大した強度ではないが、外すには壊さないといけないようだ。
口元にはジッパーで開閉するようになっており、開けた中には歯並びの良い唇が覗く。
――私より歯並び良いわ。この私――
冬美は仕事の度に、“元の身体”と“今の身体”を比べてしまう。良い癖ではないと思いつつも、職業病だよな、と笑う。
部屋の中央にあるパソコンに電源を入れ、ネット上の問題集へとアクセスする。
こんな奇妙な部屋の中でも、恐怖や狼狽ということも無く、受験生の休日はどっちみち勉強だけ。余計な物が無い分、集中できて良い空間とすら冬美は思っていた。
人格交換。脳波を電気信号と捉え、他人へと記憶と自我だけを交換する技術。
技術自体は一九九〇年代に体系化されていたが、安全性や商業性など、さまざまな課題解決から、一般流通したのは十年ほど前からだった。
最接近した火星までなら最速のシャトルに乗っていけば二日ほどだというのに、地球内で移動するにも一日掛かってしまうこの矛盾、三連休でも行きに一日・帰りに一日使ってしまうのでは何が何やら。
ならば、人格だけを移動させればどうだろうか? と発案されたのが“人格交換旅行”だった。
実用・趣味問わず、旅行において必要なのは経験であり、肉体と一緒に旅をして残るのはせいぜい記念写真や移動疲れ程度。
その記念写真や移動疲れが欲しいという意見も多数では有ったが、移動で時間を無駄遣いしたくないという意見もまた多数であり、観光地周辺で生活している人間の仕事のひとつとなった。
冬美も幼少から人格交換を主だった収入源としており、彼女には住み慣れた町でも市外、国外の住人からは楽しい旅行先だそうだ。
数時間身体を貸出せば、通常のアルバイト数日分の収入になり、本日は丸一日レンタルすることになっている。
前述したとおり、冬美は進学を夢とする学生であり、高収入を得つつ集中して勉強に打ち込めるこの職業は願っても無い環境でも有った。
事前に報酬と一緒に依頼人に現金を振り込んでもらい、それを持ち合わせた状態で肉体を交換するだけ。
もちろん、トラブル・ハプニングというものは皆無にはならないが、それはレンタカーや賃貸物件と変わらない。
事前の契約・保険に従い、人格交換の記録から保障されることになっているし、扱う物が他人様の肉体とあっては、重大事故の発生率は交通事故よりも格段に少ない。
勉強中も時間を確認しつつ、目を休ませ、肩が凝らないように簡単な運動もする。
交換中の相手の身体のケアもしておけば評判が上がり、交換時の料金も上がっていくと言うもの。勉強に打ち込んでいると、突然に身体が震えた。向こうが肉体を元に戻そうとしている。
丸一日という契約だったが、まだほんの二時間ほど。キャンセルは初めてではないし驚きはしないが、突発的なハプニングかと身構える、というより、心構えをした。
冬美が目を覚ますと、歩道橋の上にしゃがみこんでいた。
駅前の歩道橋であると判断が付いたが、状況が全く分からなかったが、全力で走ったのだろうか、息が上がっている。
今回の依頼人、確か名前を国木さんといっただろうか、彼女が何かしたのだろうか。
こういう場合は状況の把握の前に、安全の確保である。
こんなこともあろうかと、しっかりと交番の位置は把握している。
まず状況を説明し、その後、国木さんと連絡を取る。マニュアル通りで大丈夫だ。
その交番に入ったとき、冬美は異常な雰囲気を感じ取った。
交番の中には巡査とスーツを着ている男が立っていた。冬美はスーツの男を直観的に刑事だと感じ取り、緊迫した状況であることを察したが、状況はそれだけではなかった。
ふたりの警察官は、すいません、と入って来た冬美とモニターを見比べた。
『あ』
冬美の顔を観た警官たちと、そのモニターの映像を観た冬美が同時に声を上げた。
モニターに映っている映像は何かのカメラ映像のようだ。
右上には時刻表示が有り、日付は今日、時刻は一時間三〇分前となっている。
映像の中では冬美が手に拳銃を握りしめ、見知らぬ男の頭に拳銃を押し当て、引き金をひき…血液がカメラのレンズまで飛んでいた。
そのショッキングな映像はループしているようであり、短い間に何度も映し出されていた。
「ちょっと話、聞かせてもらえるよね?」
巡査が静かに、極めて冷静に言葉を発しつつ、立ち上がった。
冬美が逃げないようにしていると冬美にもわかったが、彼女は腰から力が抜けるような感触が有った。
このときはまだ、冬美の中に冷静に機能する部分が心の中に有った。
依頼人である国木優に肉体を貸していたことを説明し、連絡さえすれば面倒ではあるが解放されるだろう、と。
しかし、この一時間後、その国木優は一週間前に既に死亡しているということを聞かされたとき、冬美は凍り付いた。
―――お母さん、私、どうすればいいのかな――
病院の母親を思いながら、事件は動き出していた。
スポンサーサイト