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空想科学探偵、5話。

 金曜日中になんとか更新するというスタイル。

 二〇一七年一月一〇日


 中聖子陽子には、探偵として特別といえる能力は備わっていなかった。
 仕事のない時間も、自分が暇なのは平和だからだと気にも留めず、そんなときは町のなんでも屋になった。
 ゴミ屋敷の片付けや引越しの手伝いなど、中には草むしりや買い物を頼まれることも有ったが、依頼を断るということはほとんど無かった。
 性質として、陽子は人と接し、人の中にいることを強く好んだ。
 作業の最中にお茶やおにぎりを差し入れられ、ありがとうと伝え作業が終わったあとにありがとうと云われる時間に安らぎを感じた。



 今日も今日とて、走っていた。
 可愛い三毛猫追いかけてブーツで駆けてく。愉快な陽子さん。
 この微笑ましい事件の発端は、三日前にある家で飼われている猫のタマサブローちゃんが妊娠したことが判明したことだった。
 室内飼いの猫であり、父猫はたまに遊びに来る黒猫だと推測でき、生まれてくる子猫をどうするのか、父猫の飼い主に確認したかった。
 しかし、相手は猫である。
 来て欲しい時に来ると云う物でもなく、しかも猫が来ても飼い主を知るには首輪なりタグに連絡先が書いてあれば良いが、書いてない可能性も無くはない。
 途方にくれながら時間が過ぎ、その悩みを飼い主の男子高生が友達に相談し、友達伝手に友人の父親も聞き、その父親が職場の同僚にその話をしたりもし、同僚の奥さんが頼んだピザ屋の配達員がこう云った。

 【そんなときは、良い探偵が居ますよ】

 伝わったのとは逆順にその探偵のことを男子高生が知らされて。
 何か事件が起きたとき、誰かが誰かに紹介する口コミ探偵、それが中聖子陽子であり、町中を走り回る姿が絵になっていた。
 パチンコ屋でのジャージとは変わって重厚なダッフルコートに、足回りはスラックスとブーツとファッション性のある服装だが、その衣服の重さを感じさせないほどに足が動き続ける。
 「三毛さんのクロちゃんだわ、あの子!」
 《三五日前に依頼を受けた猫だ。タマサブローちゃんが妊娠した時期にも合うね》
 陽子のポケットから声がしたが返事をせずに走り続ける、が、猫は追えば逃げる。当り前のことである。
 慌てれば猫はいつものルートから外れて想定できない動きに出ることが有り、理想的な方法ではないが、しかし追わなければ捕まらない。
 予想通りに予想外の裏道に入っていった猫に、陽子も足を止めた。
 「逃がした…かな…?」
 《だからエサとかで釣ればよかったんだよ。雑だよねー、最悪だねー、悪因悪果だねー》
 息切れ一つせず、溜息ひとつ。
 スマートフォンが拡散している毒舌に嫌な顔もせず、壁に背を預けて試案にふける。
 その声は語調が弱く、それ故に性別年齢もわからないような柔らかさが有る。
 「とにかく次の場所を考えるから、ちょっと時間ちょうだい」
 《予想するまでもないじゃん。考えないねー、アホだねー、無知蒙昧だねー》
 率直な貶しにはさすがにイラついたと様子で、眉を潜めた。
 「そんなの…エサが有る場所でしょ? それに睡眠を十時間程度は寝る生き物だから、休憩場所…」
 《どっちかって考えるの? 二者択一? 両方確保できる方法、あるでしょ?》
 スマホからする声に陽子は腕組みをし、考え、ポンと手を打つ。
 「あ、家に帰るだけだ」
 《三毛さんの電話番号を呼び出しているよ。烏兎匆匆。手早く行こうよ》
 「サンキュ、賢作(けんさく)」
 スマホに一言伝えてから走り出す。壁に寄りかかって考え事しているより、走っている方が性に合っている。
 安楽椅子探偵というのは、きっと安楽椅子でも担いで買ってこられる探偵の事だろうと、本気で陽子は思っていた。




 「嬉しいなぁー! いつ頃ですか?」
 飼い猫が別の飼い猫を妊娠させたことを伝えると、飼い主の三毛正二は嬉しそうに笑った。
 三毛という名前ではあるが、頭部には髪は一本もなく電灯を反射している。
 笑いが顔だけでなく、恰幅の良い体にまで染み渡っているような男だが、陽子は何か引っかかりのようなものを感じていた。
 以前、飼い猫クロが行方不明になったときに捜索を依頼されたときは一度も正二は出てくることはなく、終始、妻の加奈子が陽子の応対をしていた。
 何度かこの家を訪ねたが、ただ顔を合わせないだけでなく三毛正二に避けられているように思えていた。
 空気のようなもの、加奈子が陽子だけでなく正二にも気を遣っているような雰囲気が家の中に有り続けていた。亭主関白と云うか、昭和的な応対を実感していた。
 「猫の妊娠が九週間くらいなので、まだ時間が有りますよ」
 「そうですか、いやあ、それは喜ばしい。生まれたらどうなさりたいと? タマサブローちゃんの飼い主さんはおっしゃっているんですか?」
 「オスとメスを一匹ずつ残して、あとは里親を探すそうです」
 「そうですか、一度お邪魔してしっかりと話し合いたいと思いますので、連絡先をお伺いしてもよろしいですか?」
 そんな話をしているとき、件のお父さんである飼い猫のクロが帰って来た。先ほど追い回していた陽子に警戒している風もなく、マイペースにソファの上に寝そべった。
 「ありがとうございました。お金の方は?」
 「タマサブローちゃんの飼い主さんから頂いていますので。では向こうさんにも三毛さんの連絡先をお伝えしておきますね」
 「ええ…重ね重ね…ありがとうございました!」
 張り付けたような笑顔は不自然なほどに自然で、陽子の頭のどこかにこびり付いた。




 《最初から三毛さんちに行けば良かったねー。無駄だったねー、何をしてたんだろーね。思案投首だよねー》
 「そうね。次は気を付けようってことね」
 道行く人々と挨拶を交わしつつ一色探偵事務所へと戻る最中、陽子はポケットから取り出したスマートフォンからの声に対してのんびりと会話した。
 モニターには通話中の表示は無く、ドーベルマンのアニメーションが生き生きと話しているだけだが、その大きな口でコミカルに毒を吐いている姿は生きているように見える。
 《今日はこれでお仕事終わりだね、俺を待機モードに移行するのがオススメだよ。一害一利。節電節電》
 「良いよ。賢作が喋ってたら寂しくないし、十利くらいあるからね」
 《…そういう言い方されたらちょっと黙るよ俺、雲心月性》
 「? 喋ってた方が良いんだけどね」
 陽子は四字熟語の意味がよく分からなかったらしいが、自分が分からないことに賢作が気付いていながら注釈しないということは、その方が良いということだろう。そういう関係なのだ。
 《ああ、ポストの中には何も入ってないよ。行くだけ無駄。陶犬瓦鶏》
 郵便局に参照し確認するアプリを賢作が機能させている。“アプリを自動選択して使うアプリ”、それが賢作というデータの持つ特性のひとつであり、基礎機能だった。
 「いいよ。私、ポスト覗くの好きだからさ」
 一階に備え付けられたレターボックスを覗く。郵便局に配達履歴が無いのだから入っているわけもない。しかし、その予測は異なった。
 レターボックス内を埋め尽くすように茶封筒が折り重なっている。
 「? 賢作、入ってるよ。何個も」
 《おや?…郵便局の履歴はないんだけど…無知蒙昧、恥ずかしい》
 「いいよ。たまに間違ったりした方がカワイイんだから…なんだろ。五個くらい入ってるけど」
 鍵を開けて取り出すと、封筒ひとつずつに札束が入っている。
 日本の一万円は質が良いな、100枚や200枚重ねても嵩張らず、しっかりと収まっている――視点の違うことに陽子は感心していた。
 「ひとつに二百万円…かな、多分、全部で一千万円くらいだと思う」
 《大儲け! 一夜検校! 何食べる? 俺は新しい充電器を買って欲しいな!》
 「依頼…だね」
 封筒を順繰りに開け、陽子はカネ以外に手紙が入っている封筒があることに気が付いた。
 手書きではなく印刷された電話番号と住所たち、そして『嶋田九朗銃殺の事件、須古冬美の無実の照明をお願いします』という端的な文章で、宛名も無い。
 ということは、郵便局を介さずに何者かが直接投函したということになる。
 遺留物だから届けなきゃとか、契約をしてないから無効でカネだけ貰おうなどと茶化す賢作をさておいて、陽子は静かに、深く、大きく息を吸った。
 困っている人が居る。そして助けを求めている誰かが居る。
 事件のことは知っていたが、その事件が無責任に新聞で読む物語ではなく、自分が当事者となり解決する現象へと姿を変えていく。

 陽子の心は先ほど猫を追っていたときと何一つ変わらない。依頼人のために事件を良い形へと導いていく。
 ただ、全力で走っていくだけだ。
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