小説の八話とかー。
毎週金曜日に小説更新っていうけど、ほとんど書き貯めていた小説だったりするんだこれ。
二〇一八年一月十一日
幼いころ、目覚めが気持ちいいのは当たり前だと陽子は思っていたが、それが当然ではないということに大人になってから実感する。
泣いていたらしい痕跡が残っている。自分が悪夢を見ていていたんだと名探偵で無くてもわかる。
その夢は思い出せないが、自分が泣き、忘れなければならない夢は一種類しかないということを陽子は確信する。
この事務所の本来の持ち主である一色賢を忘れようとは思わない、そんな弱く柔らかい部分もまた自分。
手早くシャワーを浴び、 充電プラグからスマートフォンの賢作を引き抜き、アプリを起動させる。
「賢作、おはよう」
【おはよう新規のメッセージは五個、どれも優先度は低いね】
「ありがとう。じゃ、歩きながら聞くわ」
事務所の蝶番がギイ、と朝の冷たい空気の中で二度鳴いた。
まず陽子は警察署に出向いて容疑者である冬子との面会を申し込んだが、案の定拒否された。
大きい事件だけに面会希望者も多く、冷やかしに思われたのだろうと陽子は解釈したが、焦ってはいなかった。
この依頼、依頼人の意図も不明瞭な上、その契約を厳密には締結できていない。
依頼料として一千万という金額に正当性がないし、そもそも依頼自体が具体的ではない。無実の証明とはどこまですればいいのか?
真犯人を捕まえろということか? 裁判になったときの良い弁護士を探せというのか?
金額としても必要経費も全て込めてこの値段か? それならばその期間は? 残った分をどう返却すれば良いのか?
「謎の依頼人、ってミステリー小説ではよくあるけど…あたしみたいな探偵には、ちょっとオシャレすぎるわ」
【遺留物で届ける?】
「んー…とりあえず、米田さんに電話してみて? 相談だけしてみるわ」
【えー、ヨーコ、電話くらい自分で掛ければいいんじゃないかなー…大器小用】
「…賢作、自分が何か、覚えてる?」
賢作はウッカリしていたという表情の後、自分の中の電話帳を見つけ出し、米田に電話を掛け、留守番電話サービスにつながった。
陽子はとりあえずメッセージを残し、来た道を引き返して事務所の隣にあるコンビニへ向かった。
「いらっしゃいませー、て、ヨーコちゃんか。いらっしゃい」
このコンビニは最初は某二十四時間営業の大手チェーン店のフランチャイズだったのだが、昨年にグループから離脱してからは五時開店・一二時閉店というそれなりに便利なコンビニになっている。
そのそれなりに便利な店番をしていた店主の男は、顔見知りの陽子にたいして力の抜けた声を返した。
店内には他に客の姿も有り、その客が出るのを待ってから、陽子は店長に声を掛けた。
「ね、表のカメラの映像、見せてもらっていい?」
「…なんかあったの?」
「ちょっとだけ。昨日、うちのポストに変なのが入ってまして。誰が置いていったのかを調べたいの。見せて貰えませんか?」
「いいよ、バックヤード散らかってるけど、適当に使ってよ」
どんなことにも慎重になる昨今、店長は随分と軽い様子だった。
当初はこの店も大手フランチャイズ店であり、その頃であれば親会社とのトラブルでも発生していたろうが、この店は既に大本とトラブルを起こし、チェーン経営から離脱していた。
顛末としては長く、掻い摘んで説明すれば本社がこの店に赤字を押し付けようとしたという、どこにでもよくある話。
だが、そのよくある話でも店長にとっては人生の掛かった大問題で、破産にまで追い込まれかねない自体だった。
その本社とのトラブルの際に奔走したのが陽子であった。作業自体は他の職種との仲介をした程度のことではあるが、店長の男は小娘である陽子が頑張ってくれたということを嬉しく思っていたらしい。
「困ったときはお互いさま、だしさ」
そのときに陽子の云った言葉を店長の男は、今体現して見せた。
そんなこんなで、いざ店の裏にて、陽子は自分が出て行く映像まで飛ばして確認する。
映像は見慣れた表通り。
通ったのはチワワの散歩をする厳ついオッサン、ソフトクリームを落としたが誰も観ていないとコーンの上に戻して食べ始めた中学生。
平和な映像に陽子は店長に貰ったペットボトルのお茶で一服。和やかに一日が早送りで終わろうとしていたが、その時刻が表示された。
二一時三〇分ちょうど。粗い画質のモニターの闇に紛れるようにして緑のフード姿。身長はそこまで高くないが、横幅はある。
半ば予想通りに紙袋を下げており、一色探偵事務所の影に入り、出てきたころには紙袋は無くなっていた。
「賢作、この映像、録画できる?」
【安穏無事、楽勝だねー、任せてー】
「云っただけ。防犯カメラを部外者のあたしたちに見せているってだけでマズいわけで、それをコピーして持ち出したりできるわけないでしょ」
映像を記録しておけば何か分かるかもしれないが、その権限を陽子は持っていない。
何か有れば店長にも迷惑を掛けるだろう。兎にも角にも依頼人と思しき人間の姿を確認できた。
結局コピーなどせず、陽子は感謝の言葉と共にエビマヨネーズのオニギリを買って出て行った。
カメラのチェックで時間が掛かり、既に一〇時、遅めの朝食だった。
【探偵なのに犯人じゃなくて依頼人を探すって辺り、なんとも云えず陽子らしいよね。適材適所】
「あはは、云えてるわ。ところで米田さん、電話に出た?」
【ずっと留守電。再三再四掛けているけどね】
「面会の仲立ちをお願いしたかったけど、じゃあその前にやること、やっちゃいますか」
【連絡先に有った人たちを訪ねるんだね? やっぱり三毛社長の家だね。行く?】
「それは後で良いと思う。その前にすることもあるし…あれ?」
ふと気が付き、陽子はポケットから名刺入れを取り出し、賢作に例の冬美の事件を調べさせた。
殺害された嶋田九朗の職業、そして殺害現場は“MC未知道コーポレーション”となっている。偶然なわけがない。やはりこの依頼をしてきたカメラに映っていた男は、何かを知っている。
その確信を胸に、大よそ探偵の仕事とは思えない作業が始まった。
幼いころ、目覚めが気持ちいいのは当たり前だと陽子は思っていたが、それが当然ではないということに大人になってから実感する。
泣いていたらしい痕跡が残っている。自分が悪夢を見ていていたんだと名探偵で無くてもわかる。
その夢は思い出せないが、自分が泣き、忘れなければならない夢は一種類しかないということを陽子は確信する。
この事務所の本来の持ち主である一色賢を忘れようとは思わない、そんな弱く柔らかい部分もまた自分。
手早くシャワーを浴び、 充電プラグからスマートフォンの賢作を引き抜き、アプリを起動させる。
「賢作、おはよう」
【おはよう新規のメッセージは五個、どれも優先度は低いね】
「ありがとう。じゃ、歩きながら聞くわ」
事務所の蝶番がギイ、と朝の冷たい空気の中で二度鳴いた。
まず陽子は警察署に出向いて容疑者である冬子との面会を申し込んだが、案の定拒否された。
大きい事件だけに面会希望者も多く、冷やかしに思われたのだろうと陽子は解釈したが、焦ってはいなかった。
この依頼、依頼人の意図も不明瞭な上、その契約を厳密には締結できていない。
依頼料として一千万という金額に正当性がないし、そもそも依頼自体が具体的ではない。無実の証明とはどこまですればいいのか?
真犯人を捕まえろということか? 裁判になったときの良い弁護士を探せというのか?
金額としても必要経費も全て込めてこの値段か? それならばその期間は? 残った分をどう返却すれば良いのか?
「謎の依頼人、ってミステリー小説ではよくあるけど…あたしみたいな探偵には、ちょっとオシャレすぎるわ」
【遺留物で届ける?】
「んー…とりあえず、米田さんに電話してみて? 相談だけしてみるわ」
【えー、ヨーコ、電話くらい自分で掛ければいいんじゃないかなー…大器小用】
「…賢作、自分が何か、覚えてる?」
賢作はウッカリしていたという表情の後、自分の中の電話帳を見つけ出し、米田に電話を掛け、留守番電話サービスにつながった。
陽子はとりあえずメッセージを残し、来た道を引き返して事務所の隣にあるコンビニへ向かった。
「いらっしゃいませー、て、ヨーコちゃんか。いらっしゃい」
このコンビニは最初は某二十四時間営業の大手チェーン店のフランチャイズだったのだが、昨年にグループから離脱してからは五時開店・一二時閉店というそれなりに便利なコンビニになっている。
そのそれなりに便利な店番をしていた店主の男は、顔見知りの陽子にたいして力の抜けた声を返した。
店内には他に客の姿も有り、その客が出るのを待ってから、陽子は店長に声を掛けた。
「ね、表のカメラの映像、見せてもらっていい?」
「…なんかあったの?」
「ちょっとだけ。昨日、うちのポストに変なのが入ってまして。誰が置いていったのかを調べたいの。見せて貰えませんか?」
「いいよ、バックヤード散らかってるけど、適当に使ってよ」
どんなことにも慎重になる昨今、店長は随分と軽い様子だった。
当初はこの店も大手フランチャイズ店であり、その頃であれば親会社とのトラブルでも発生していたろうが、この店は既に大本とトラブルを起こし、チェーン経営から離脱していた。
顛末としては長く、掻い摘んで説明すれば本社がこの店に赤字を押し付けようとしたという、どこにでもよくある話。
だが、そのよくある話でも店長にとっては人生の掛かった大問題で、破産にまで追い込まれかねない自体だった。
その本社とのトラブルの際に奔走したのが陽子であった。作業自体は他の職種との仲介をした程度のことではあるが、店長の男は小娘である陽子が頑張ってくれたということを嬉しく思っていたらしい。
「困ったときはお互いさま、だしさ」
そのときに陽子の云った言葉を店長の男は、今体現して見せた。
そんなこんなで、いざ店の裏にて、陽子は自分が出て行く映像まで飛ばして確認する。
映像は見慣れた表通り。
通ったのはチワワの散歩をする厳ついオッサン、ソフトクリームを落としたが誰も観ていないとコーンの上に戻して食べ始めた中学生。
平和な映像に陽子は店長に貰ったペットボトルのお茶で一服。和やかに一日が早送りで終わろうとしていたが、その時刻が表示された。
二一時三〇分ちょうど。粗い画質のモニターの闇に紛れるようにして緑のフード姿。身長はそこまで高くないが、横幅はある。
半ば予想通りに紙袋を下げており、一色探偵事務所の影に入り、出てきたころには紙袋は無くなっていた。
「賢作、この映像、録画できる?」
【安穏無事、楽勝だねー、任せてー】
「云っただけ。防犯カメラを部外者のあたしたちに見せているってだけでマズいわけで、それをコピーして持ち出したりできるわけないでしょ」
映像を記録しておけば何か分かるかもしれないが、その権限を陽子は持っていない。
何か有れば店長にも迷惑を掛けるだろう。兎にも角にも依頼人と思しき人間の姿を確認できた。
結局コピーなどせず、陽子は感謝の言葉と共にエビマヨネーズのオニギリを買って出て行った。
カメラのチェックで時間が掛かり、既に一〇時、遅めの朝食だった。
【探偵なのに犯人じゃなくて依頼人を探すって辺り、なんとも云えず陽子らしいよね。適材適所】
「あはは、云えてるわ。ところで米田さん、電話に出た?」
【ずっと留守電。再三再四掛けているけどね】
「面会の仲立ちをお願いしたかったけど、じゃあその前にやること、やっちゃいますか」
【連絡先に有った人たちを訪ねるんだね? やっぱり三毛社長の家だね。行く?】
「それは後で良いと思う。その前にすることもあるし…あれ?」
ふと気が付き、陽子はポケットから名刺入れを取り出し、賢作に例の冬美の事件を調べさせた。
殺害された嶋田九朗の職業、そして殺害現場は“MC未知道コーポレーション”となっている。偶然なわけがない。やはりこの依頼をしてきたカメラに映っていた男は、何かを知っている。
その確信を胸に、大よそ探偵の仕事とは思えない作業が始まった。
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