短編小説「ヨチコン」
短編小説ー。
コンビニエンスとは便利という意味であるらしく、別に二十四時間営業というものは含まれない。
某有名コンビにも最初は『七時から十一時まで経営』ということで店名を決めていたが、さらに便利に、深夜営業をと追及する内、二十四時間営業となっていった。
この個人経営のローカルコンンビニは、朝六時から深夜零時まで営業という『それなりに便利なコンビニ』のはずだった。
しかし、そんな個人経営コンビニの中でもこのコンビニはちょっと違った。
「予備のキセノンランプとか、余ってませんか!」
「それでしたらこちらですね」
「自転車の修理パッチなんて…置いてませんよね」
「でしたら、こちらになりますね」
「メチルアルコールとかその代わりになるもの…」
「二百ミリリットルでしたら」
「ポテトマッシャーがないと命に関わるんだ!」
「プラスチック製と金属製なら」
「小豆をぉおおお! 明日帰る孫にお手玉を作ってやりたいんじゃあああ!」
「一キロで足りますか」
その店の夕方からシフトに入っている草壁が『置いていない』と発言するのを、山本浩介は見たことがない。
山本浩介は街頭も少ない道の中、ポツンと夜空の月のように光るコンビニに立ち寄るのが習慣になっていた。
漫画雑誌の販売日にはそれを買い、何もない平日は瑣末な駄菓子を買う。
「ありがとうございました。二十三円のお返しです」
無表情な仕事人、草壁静香が手渡してくれるレシートと小銭とぬくもりが、山本浩介の一日のハイライト。
高校生から大学卒業まで続いていたが、そんなある日、奇妙な現象が起きていた。
「店長、明日は乾電池、仕入れなくて良いと思います」
「? マイナーな電池の方?」
「いえ、単三電池です」
「草壁さんが云うならそうなんだろうね。わかったよ」
店長が仕入れ注文をするとき、草壁静香が『多く注文しろ』ということはよく見たが、注文するなと云ったのを山本が見たのは初めてだった。
それも何か理由があるのだろう、そんな風に考えて翌日もコンビニに訪れると、草壁さんが客に怒鳴り散らされていた。
「本当はあるんだろう、単三電池! 出さないように命令されているんだろう、これだからコンビニのアルバイトなんてのは…」
スーツ姿の壮年男が、今にも手に持ったアタッシュケースで殴りかかりそうな剣幕で罵詈雑言を吐き散らしている。
なぜ草壁さんはあえて怒鳴られている状況を作ったのか、いやそもそも品揃えが悪ければ罪か、それを怒鳴り散らす権利がこの男に有るのか?
状況を理解は出来たが納得ができない。山本の体は納得という商品を求めて、草壁棚と怒鳴る客棚の間に滑り込む。
「誰だ君は! 関係ないのだから下がっていたまえ!」
「関係なくちゃ口出しちゃいけないって法律いつ出来たんだよ! 総理大臣が決めたのか! 今の総理大臣は嫌いだからンなもん知るか!」
年上の見知らぬ男相手に啖呵切ったのは、山本の人生で初めてだった。しかし年下の女相手に威張る男を、しかも他ならぬ草壁静香を怒鳴る男に黙ってみてはいられなかった。
男の目が鋭くなる。山本の人生を否定するような言葉を数秒の間に練り上げているのが見てわかった。攻撃対象が草壁から山本に代わったことを感じ取った。
「部長! 良かった! こんな所に居た!」
店に飛び込んできた別の男、その姿に壮年男の意識が向いた。知り合いらしい。
「ちょうどいい! お前、この近くで単三電池の売っている店を…」
「そうじゃないんです! 今判明したんですが、ガレドライブは、タングタービンの不都合から、再調整が必要だったんです!」
「なにぃ…!? どうしてそれが開発段階で分からなかった!?」
「すみません! タングタービンはインデアン効果との干渉で、実験値がチキンしてしまうんです!」
「そうだったのか…では、インデアン値を直す必要があるのか?」
「はい!」
「ならば先方に今すぐ電話…いや、インデアン値が有るから携帯電話が使えない…」
「表に公衆電話がございます」
草壁静香はいつもの調子で話、釣銭用に用意してある一〇円玉の束を取り出した。男たちは千円札を百枚の十円玉にし、公衆電話へと走っていった。
長々と電話をした後、二人そろって走ってどこかへと帰っていった。山本は草壁へ謝罪と感謝の一言もなかった男たちに腹を立てながらも、反面、安堵していた。
「…ありがとうございました、山本さん」
「いや、草壁さんも。ビックリしなかった?」
とても自然で当たり前の呼吸のような会話をしたあと、山本は気がついた。初めて自分は草壁の名前を呼び、そしてなぜか草壁は自分の名前を知ってくれていた。
興奮と困惑で動きが止まった山本の状況を、草壁は察した。
「…さすがに高校生の頃から通っていれば覚えますよ、友達連れで来てくれることもあったでしょう? 山本さんは」
山本の心臓は一度機能を停止したあとに十倍以上の稼動をだしたが、そこにエネルギーが持っていかれたのか、脳が機能していなかった。
「け、け、け、け…!?」
「…? ああ、私がなんで売れる商品がわかるか、ですか? 実は超能力者なんです。予知能力。
もっともそんなに便利なものじゃなくて薄っすらと見えるだけで、置いていたらすぐに買って行って取引先で困るってわかるくらいで…」
怒鳴られると分かっていながら、あえて商品を置いていなかった。結局、店に一円も落とさず、せいぜい化石化しそうな公衆電話を使っただけの客を助けるために。
「こ、こ、こ、こ・…」
「…? ごめんなさい、ちょっと、何を云いたいのか分かりません。私の予知能力って断片的で、山本さんが助けてくれるってことも分かってなかったくらいで…」
「ん・ん・ん・ん…」
「えっと、ガレドライヴっていう機械が何か? 私も分からないんだけど」
彼女が困っている。客のほしい商品が分からなくて困っている。
言葉に詰まっている場合じゃない、今、ほしい商品は何だ。山本は言葉を搾り出した。
「婚姻届、置いてませんか!?」
凍りついたあと、草壁はレジ横のファイルから一枚の紙を取り出して渡した。
用意しておいて自分で使うことになるとは思っていなかったらしく、草壁静香の手は汗ばんでいた。
「どうぞ。市役所からもらっていたのでお代は必要ありません」
「そ、それでは、ここに草壁さんのサインを頂けますか?」
公共料金支払いのような言い回しで、山本は人生で初めてサインを求めた。
お互いにコンビニ以外では一度も会ったことのないふたりが、翌日『山本(浩)』と『山本(静)』になり、働くことになった。
「や、今日も頑張ってる? 草壁さん…って、今は山本さんだっけ? 浩介くんと紛らわしいのよね」
近所に住む探偵事務所の女所長…というか、所員は彼女しか居ないのだが…彼女は今日もまた、朝食を買いに来ていた。
「いらっしゃいませ」
「って、えええ?! ほっきチャーハンって、コンビニで売ってるものなの? 初めて見たけど…」
「うちのお弁当は、自社の調理場で作っています。出来立て新鮮、その日の内にお召し上がりください」
「へえ…ちょうど食べたかったから良いんだけど…へえ…」
このコンビニは、『山本(静)』が予知したメニューを『山本(浩)』が前日から仕入れて調理する。便利すぎるコンビニとして食事時間帯では近々大ブレイクするのだが、そんな先のことは静香の予知でも分からない。
某有名コンビにも最初は『七時から十一時まで経営』ということで店名を決めていたが、さらに便利に、深夜営業をと追及する内、二十四時間営業となっていった。
この個人経営のローカルコンンビニは、朝六時から深夜零時まで営業という『それなりに便利なコンビニ』のはずだった。
しかし、そんな個人経営コンビニの中でもこのコンビニはちょっと違った。
「予備のキセノンランプとか、余ってませんか!」
「それでしたらこちらですね」
「自転車の修理パッチなんて…置いてませんよね」
「でしたら、こちらになりますね」
「メチルアルコールとかその代わりになるもの…」
「二百ミリリットルでしたら」
「ポテトマッシャーがないと命に関わるんだ!」
「プラスチック製と金属製なら」
「小豆をぉおおお! 明日帰る孫にお手玉を作ってやりたいんじゃあああ!」
「一キロで足りますか」
その店の夕方からシフトに入っている草壁が『置いていない』と発言するのを、山本浩介は見たことがない。
山本浩介は街頭も少ない道の中、ポツンと夜空の月のように光るコンビニに立ち寄るのが習慣になっていた。
漫画雑誌の販売日にはそれを買い、何もない平日は瑣末な駄菓子を買う。
「ありがとうございました。二十三円のお返しです」
無表情な仕事人、草壁静香が手渡してくれるレシートと小銭とぬくもりが、山本浩介の一日のハイライト。
高校生から大学卒業まで続いていたが、そんなある日、奇妙な現象が起きていた。
「店長、明日は乾電池、仕入れなくて良いと思います」
「? マイナーな電池の方?」
「いえ、単三電池です」
「草壁さんが云うならそうなんだろうね。わかったよ」
店長が仕入れ注文をするとき、草壁静香が『多く注文しろ』ということはよく見たが、注文するなと云ったのを山本が見たのは初めてだった。
それも何か理由があるのだろう、そんな風に考えて翌日もコンビニに訪れると、草壁さんが客に怒鳴り散らされていた。
「本当はあるんだろう、単三電池! 出さないように命令されているんだろう、これだからコンビニのアルバイトなんてのは…」
スーツ姿の壮年男が、今にも手に持ったアタッシュケースで殴りかかりそうな剣幕で罵詈雑言を吐き散らしている。
なぜ草壁さんはあえて怒鳴られている状況を作ったのか、いやそもそも品揃えが悪ければ罪か、それを怒鳴り散らす権利がこの男に有るのか?
状況を理解は出来たが納得ができない。山本の体は納得という商品を求めて、草壁棚と怒鳴る客棚の間に滑り込む。
「誰だ君は! 関係ないのだから下がっていたまえ!」
「関係なくちゃ口出しちゃいけないって法律いつ出来たんだよ! 総理大臣が決めたのか! 今の総理大臣は嫌いだからンなもん知るか!」
年上の見知らぬ男相手に啖呵切ったのは、山本の人生で初めてだった。しかし年下の女相手に威張る男を、しかも他ならぬ草壁静香を怒鳴る男に黙ってみてはいられなかった。
男の目が鋭くなる。山本の人生を否定するような言葉を数秒の間に練り上げているのが見てわかった。攻撃対象が草壁から山本に代わったことを感じ取った。
「部長! 良かった! こんな所に居た!」
店に飛び込んできた別の男、その姿に壮年男の意識が向いた。知り合いらしい。
「ちょうどいい! お前、この近くで単三電池の売っている店を…」
「そうじゃないんです! 今判明したんですが、ガレドライブは、タングタービンの不都合から、再調整が必要だったんです!」
「なにぃ…!? どうしてそれが開発段階で分からなかった!?」
「すみません! タングタービンはインデアン効果との干渉で、実験値がチキンしてしまうんです!」
「そうだったのか…では、インデアン値を直す必要があるのか?」
「はい!」
「ならば先方に今すぐ電話…いや、インデアン値が有るから携帯電話が使えない…」
「表に公衆電話がございます」
草壁静香はいつもの調子で話、釣銭用に用意してある一〇円玉の束を取り出した。男たちは千円札を百枚の十円玉にし、公衆電話へと走っていった。
長々と電話をした後、二人そろって走ってどこかへと帰っていった。山本は草壁へ謝罪と感謝の一言もなかった男たちに腹を立てながらも、反面、安堵していた。
「…ありがとうございました、山本さん」
「いや、草壁さんも。ビックリしなかった?」
とても自然で当たり前の呼吸のような会話をしたあと、山本は気がついた。初めて自分は草壁の名前を呼び、そしてなぜか草壁は自分の名前を知ってくれていた。
興奮と困惑で動きが止まった山本の状況を、草壁は察した。
「…さすがに高校生の頃から通っていれば覚えますよ、友達連れで来てくれることもあったでしょう? 山本さんは」
山本の心臓は一度機能を停止したあとに十倍以上の稼動をだしたが、そこにエネルギーが持っていかれたのか、脳が機能していなかった。
「け、け、け、け…!?」
「…? ああ、私がなんで売れる商品がわかるか、ですか? 実は超能力者なんです。予知能力。
もっともそんなに便利なものじゃなくて薄っすらと見えるだけで、置いていたらすぐに買って行って取引先で困るってわかるくらいで…」
怒鳴られると分かっていながら、あえて商品を置いていなかった。結局、店に一円も落とさず、せいぜい化石化しそうな公衆電話を使っただけの客を助けるために。
「こ、こ、こ、こ・…」
「…? ごめんなさい、ちょっと、何を云いたいのか分かりません。私の予知能力って断片的で、山本さんが助けてくれるってことも分かってなかったくらいで…」
「ん・ん・ん・ん…」
「えっと、ガレドライヴっていう機械が何か? 私も分からないんだけど」
彼女が困っている。客のほしい商品が分からなくて困っている。
言葉に詰まっている場合じゃない、今、ほしい商品は何だ。山本は言葉を搾り出した。
「婚姻届、置いてませんか!?」
凍りついたあと、草壁はレジ横のファイルから一枚の紙を取り出して渡した。
用意しておいて自分で使うことになるとは思っていなかったらしく、草壁静香の手は汗ばんでいた。
「どうぞ。市役所からもらっていたのでお代は必要ありません」
「そ、それでは、ここに草壁さんのサインを頂けますか?」
公共料金支払いのような言い回しで、山本は人生で初めてサインを求めた。
お互いにコンビニ以外では一度も会ったことのないふたりが、翌日『山本(浩)』と『山本(静)』になり、働くことになった。
「や、今日も頑張ってる? 草壁さん…って、今は山本さんだっけ? 浩介くんと紛らわしいのよね」
近所に住む探偵事務所の女所長…というか、所員は彼女しか居ないのだが…彼女は今日もまた、朝食を買いに来ていた。
「いらっしゃいませ」
「って、えええ?! ほっきチャーハンって、コンビニで売ってるものなの? 初めて見たけど…」
「うちのお弁当は、自社の調理場で作っています。出来立て新鮮、その日の内にお召し上がりください」
「へえ…ちょうど食べたかったから良いんだけど…へえ…」
このコンビニは、『山本(静)』が予知したメニューを『山本(浩)』が前日から仕入れて調理する。便利すぎるコンビニとして食事時間帯では近々大ブレイクするのだが、そんな先のことは静香の予知でも分からない。
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