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空想科学探偵 14話(らしい)

小説家になろうで投稿してるやつと話数が違いすぎ。
順番に並んでいるヤツ順に読めば大丈夫なはず。



    
二〇一八年一月一八日


 警察の拘留の名目は当初こそ容疑者だったが、いつの間にか保護に変わっていた。
 立件することもできず、それでいて未成年という対応に困りながらも釈放することもできない様なむず痒さの中で、須古冬美は冬を過ごしていた。
 静寂。アルバイトに追われていた頃、考えもしなかったほどのすることのないあり余る時間。
 年が明けても何も変わらない、大学の勉強も合格点が軽々と取れるほど繰り返した。バイトの片手間にやるときより不思議と集中できた。

 両親のことを思い出すことにしたが、それは思い出ではなかった。冬美は“親”という言葉の意味を理解したのは、それは自分には無いも同然であると知ったのと同時だった。
 病院で横たわり物言わぬ母親、そして父親は死んでいるということだけは知らされても、冬美は“なぜ父親が死んだのか”を知っていても、“どうやって父親が死んだのか”を知らなかった。
 子とは親から全てを学ぼうとする。冬美は親の最後を知るために、勉学を続けていた。繰り返しになるが冬実の名目は拘留ではなく保護というものに変わり、インターネットや人格交換の回線は繋げられなかったが、私物の持ち込みは許可されていた。
 たった一本のアルバム、USBにコピーされたとある動画データ。何度も観てきたというべきか、何度かしか観ていないというべきか、冬美は両親のただひとつ残された動画を再生し、モニターには監視カメラの映像が映し出された。
 日付は一九九八年一一月八日。父親の命日だった。




 

 「ねえ、真助? 今、良い?」
 「作業中」
 ツナギをペアルック代わりにする冬美の両親は水掘り師を営んでいた。
 火星が含有する水の多くは地中に残留しており、地球で石油を掘るように火星では水を掘る。
 砂の嵐に晒されている塔の最上階から、地下に放たれた掘削用のロボットを操作し、水脈の位置を探してそのデータを送る。角度を間違えば水脈を探し当てることはできない。
 火星より幾分か潤いがある父親――倉森真助――は、若さで血走った目を計器に向ける。ご存知の通り、血は燃えるのだ。血潮は熱を帯びている。
 野望を持ち、若さをそのための原動力とする若者はトップギア以外を知らず、その熱量は見る者をたじろがせることもあるが、青年を見つめる母親――須古真冬――の目は輝いていた。宝石でも見つめるように熱に中てられるように照り返している。
 そのふたりの様子を見ていると、不思議と冬実は安らぎを覚えた。
 「……入射角が甘かったか……一台は戻らせる。一二番だな。トルクが落ちてるか、ジンバルロックかもしれない。今すぐ見に行ってくれ、真冬」
 そこから暫くふたりが何かを話し、真冬から渡された電子端末を見て、真助が表情を変えた。机に置かれた端末に記されていたのは、“祝福溢れる赤ちゃんの名前辞典”だった。
 そして自分の机から、ビロードに包まれた小箱を取り出していた。中身は銀細工がキラリと光るシンプルなデザインのブライダル・リング。
 これは自分が宿ったことをシリ、それまで渡しそびれていた指輪を渡すところなのだと、冬美は何度目かの視聴で理解した。もし両親が生きていれば、これを見てなんと云って笑いあっただろう、そう思いながら。
 「……この仕事が終わったら買うって云ってたよね」
 「それは俺とお前で稼いだカネだし、やっぱり違うかなっていうか、俺のカネで買わないといけないっていうか……子供が出来たなら渡さなきゃってか、この前に見た土星の輪よりショボいけど……」
 そこまで聞いた真冬が顔を押さえて押し黙ると、沈黙を嫌うように真助は言葉を紡いだ。
 「あと、名前も考えてたんだ。俺もお前も名前に“真”の字が入るだろ? だからあえて、息子だったら翔助、女の子だったら冬美……でどうだ? 真じゃない方ってことで」
 微笑ましいはずの両親の会話は冬美には鋭く尖って感じたが、その痛みだけが両親から受けられるただひとつの物であるとも感じていた。
 「ごめん、一二号の整備だよね、行ってくるね」
 答えを保留するように母はその場を離れた。

 モニターの映像も切り替わる。
 地下の作業ドックのカメラらしく、既に一二番の掘削機は土砂と一緒にフロアまで戻ってきており、母親はエレベーター横のラックに掛けてあった工具ベルトを腰に回し、カバーを取り外し、パーツを丁寧にひとつずつチェックしていた。
 異常が無いことを確認すると、工具ベルトのホルスターから銃のように工具を引き抜く。抜き方も銃ならこのタッカーガンという工具は形状も拳銃のようだった。位置を確認して安全装置を外してトリガーを引く。
 弾丸こそ出ないがホッチキスのように針が飛び出し、カバー同士を継ぎ合わせ、地面に入ると地熱と圧力で一体化する。
 異常が無かったことを真助に伝えるべく電子端末を探すが、上に置き忘れたことを思い出し、エレベーターに目を向けると、エレベーターの階数表示が動いている。
 ホルスターにタッカーを戻しながら、真冬は妙な胸騒ぎがした。いつも真助が下に降りてくることはない。エンジニアは真冬の方でここはエンジニアの仕事場だからだ。
 高速エレベーターが到着したとき、ドーンと制動でワイヤーが鳴り、カメラの映像も少し揺れ、真助が血相を変えて飛び出してきた。
 「真冬ッ! 伏せろ!」
 「危ないよ、真助、なんか揺れてるよ!」
 そう口にしてから冬美も気付いた。エレベーターが完全に止まっているのに僅かに揺れているどころか、映像の揺れはどんどん大きくなっている。“エレベーターの衝撃なんかじゃない”
 「真冬ッ!」
 真助に覆いかぶさるように真冬を押し倒し、そこでカメラの映像はブラック・アウトした。



 次の映像は、非常用バッテリーで記録していた断片的なものだった。
 停電と低迷。傾いた天井と崩落した壁を照らしているのは頼りない非常灯だけであり、その明かりの横からはチョロチョロと水が染み出していた。
 真冬はその場でしゃがみ込み、真助は両肩に大仰な人型をした宇宙服を担いでいた。
 「これ、どうしたの……?」
 「宇宙服。水宙兼用モデルで水中作業もできるからと備え付けてたヤツだ。ふたつだけ置いてただろ」
 「そうじゃなくて、これ、どういうことなの? なんで崩れてるの? また戦争が始まったの?」
 「地震だな。さっき、一二番が不調だと云ったが……異常なかったろ? あれが不調だったのな、地震が起きる寸前のベータ波だったらしい……気付くのが遅れたが、な」
 淡々と話す恋人の言葉に真冬の不安はむしろ煽られていた。
 「でも、地震なんて……! 火星は地震がない星だったんでしょっ?」
 「人間の知る限りな。プレートの断層活動が無いから地球に比べて地震が起きないし、火山噴火もないはずだったが……その調査もせいぜい四〇年程度だ。地球でもザラだろ? 一〇〇年に一度の地震なんてのは?」
 「でもっ、そんな、それが、なんで……」
 「起きたことは仕方ない。それよりも、今、息苦しいとは思わないか?」
 真冬はその言葉に、自分の焦燥の根源を知ることになった。電気が止まれば空調は止まり、天井が落ちるようならエレベーターのような道も潰れているだろうことは、誰にでも分かる。
 「救助は期待できないの?」
 「来るだろうな。だが、ここは地下一〇〇〇メートルだ。何日掛かると思う? エンジニアとして計算してみてくれ」
 「……あたしたち、死ぬってこと?」
 「違う。これ、見ろって」
 云いながら真助は担いでいた宇宙服を静かに置いて後部に取り付けられた酸素ボンベに目配せをすると、真冬の表情が一瞬明るくなった。一瞬だけ。
 「これ……だけ?」
 「だから、エンジニアとして計算してくれと云った。ここの倒壊は既に近くの観測所にも気付かれているだろうが、他の地点の震災被害が小さくてここまで迅速に重機を派遣してくれたとして、他の階層に俺たちが取り残されている可能性も考慮されるだろうから爆破などの救助は期待できない。地道に掘り進むだけで……何時間だ?」
 「……最速で、七〇時間から八〇時間くらい……?」
 「さすが相棒。俺も同じような計算結果だった。だが、この宇宙服の酸素ボンベは一つに三六時間分の酸素しか入ってない。そして部屋の中の空気は既に大分薄くなっているし、あと何時間も……」
 「大丈夫だよ! ふたりで頑張れるよ! 大丈夫だから!」
 映像が荒くて判別できなかったが、その声からは母親が泣いていると冬美が判断するのは簡単だった。
 「……ボンベをふたつを使って七二時間、ギリギリ助かるかもしれない……そう、“ふたり”でなら頑張れるな」
 真助の目は、真冬の腹部へ向けられていた。意味を察したとき、真冬は紡ぐ言葉を持たなかった。
 「俺じゃない。生き残るべきは俺じゃないんだ。俺がこの空気を使うってことは、お前とお腹の子のふたりを殺すってことだ。だがお前が空気を使えばそれはお腹の子を助ける、ってことだ。分かるな?」
 「分かりたくないよ! やだよ! もっと絶対にあるよ! ふたりでじゃなくって、皆で助かる方法が絶対あるよ! 探そうよ!」
 “ふたり”と“皆”の意味が違っていることが、ふたりの心の琴線を引きちぎり、内臓ごと感情を吐き出すような真冬の言葉に、真助は脳髄をすり減らすような大音声。
 「探したんだよ! お前が意識を失っている間、できることは全部やった! だが無かったんだっ! 頼むから! 分かってくれっくれ、っよ!」
 それまで毅然と話していた真助が初めて膝を折ったが、それに対して、真冬の心は冷静さを取り戻したようだった。
 どちらかがパニックに陥ればそれを支えようとする性質。急激に母真冬の身体に力がみなぎっていくのを、娘・冬美はいつも感じる。
 「泣かないで……分かった、分かったから……真助、泣かなくて良いから……」
 長く短い永遠の抱擁、長々と抱き合っている時間はない。その間も空気は減っていっていた。涙を拭った真助の目は既に乾いていた。
 「真冬、タッカーガンを貸してくれ。即死できないと無駄に酸素を使うし……長いのは辛い」
 「……うん」
 だがしかし、真冬はホルスターに手を伸ばしたところで、ふと気付いたように手を止めた。
 一刻も早くタッカーガンを手渡さなければならないはずだが、それをせずに映像もそこで切れた。バッテリー切れだ。


 その理由を冬美が考え至ったのは、中学生になったときだった。
 おそらく、あのとき、母はあることに気付いたのだと。【もしも真助が自分を撃ち殺したどうなる?】と。
 冷静な母のこと、きっと、【殺すつもりなら自分が目を覚ますまでに絞め殺すこともできたはずだ】と自分の考えを否定しただろう。。
 しかし、冷徹な母の思考は更なる反論まで思いついたのだろう。【真助は真冬がふたりで生き残れる起死回生のアイデアを持っていることに期待していただけではないか?】
 【そんなことない、そんなわけはない、真助は自分と子供を守ろうとしてくれているではないか】
 【さっきまでは宇宙服が四着以上発見できる可能性も有った。ここまで真助が死ぬと云っているのは真冬からタッカーを奪うための演技なのではない?】
 疑惑は留まることを知らなかったはずだ。
 
 選択肢はふたつ。
 【真助を信頼するならば拳銃を渡して、の自殺を促せば良い。真助はきっと自殺するだろうが、嘘なら死ぬのは真冬と子供だ】
 【自分と子供の命を第一にするならば、ここで真助をタッカーガンで銃殺すれば良い。しかし、そうすれば真冬は真助を信じずに直接手を汚したという十字架を背負って七二時間、死体と一緒に過ごす】



 クラスメイトにシュレディンガーの猫の話を聞いたのも中学生の頃だった。
 又聞きで要点しか聞かなかったが、箱を開けるまでは箱の中に死体の猫が入ってるか、生きた猫が入っているかは分からないという話だった。
 父が本当に母のために死んだのか? 母は父を撃ち殺したのか?
 母は自分が生んだ後、交通事故に遭って今もなお、植物状態で病院で眠り続けている。
 災害後、両親の働いていた水堀り場は、母の救助後はそのまま放置されているという。開発すべき土地の多い火星のこと、災害復興よりも新しい場所を開発した方が良い。
 長年放置されてきたが、月読大学において火星における災害の調査という名目で、震災遺構に行けるという話が冬美の耳に飛び込んできた。


 父がそこでどうして死んだのか。母が殺したのか。
 地獄のような選択を迫られた母の決断の手掛かりは、そこにしか残されていないのだから。
 必ず、この容疑を晴らし、月読大学へ進学する。自分には父親譲りの情熱と母親譲りの精神力が息衝いている。両親を知らない彼女はそのことだけは強く確信していた。

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