空想科学探偵 19話
二〇一八年一月一一日
国木優は日記を書くことすら忘れていたのだろう。
毎日毎日記入されてきていた日記で、二〇一四年一一月二二日から日付が大きく跳び、再開したのは二〇一五年一月一三日だった。
米田は斜め読みしながら、必要な情報を拾ってきていた。
二〇一五年
一月一三日
しばらく書いてなかったけど、また書きたいと思う。10年間書いてたし、せっかくなら“夢”を適えるまで書き続けよう。
妖精ちゃんの声として、私の声を使いたいと学者さんは言ってた。私自身ではないけど、私の声が歌を唄ってくれるのも嬉しい。
私の声を使って話す妖精ちゃんと会話をした。レコーディングの練習で聞いた自分と同じ声だったけど、かわいらしくほがらか、彼女の歌を聞いてみたいと思った。もうそれは、妖精ちゃんの声だった。
二月七日
インターネットにアップする前に、M社長と学者さんに妖精ちゃんの歌を聞かせて貰った。
私と同じ声とは思えない、優しくてそれでいて強く心に残る歌声。妖精ちゃんが私に歌い方を教えてくれた。私も頑張ろう。
二月一三日
とうとう歌を投稿した。思ったより再生数が伸びなかった。
あれだけ良い歌なのに、やっぱり私の声じゃダメなのかな……。
二月一六日
昨日も凄かったけど、アクセス数が2ケタずつくらい伸び始めた。
特にコマーシャルはしていないのに、アクセス数は見る見る伸びて行く。
やっぱり妖精ちゃんの歌はすごい。でも私の声もちょっとは頑張れてるのかな、って自信になった。私も頑張ろう!
二月二〇日
町中でアリスちゃんに再会した。一緒にアイドルだった頃に比べて少し太っていたけど、コーちゃんと一緒でとても楽しそう。お母さんになったんだなァ、アリスちゃんも。
その中で、妖精ちゃんの話が出た。ネットのアマチュアでこんな凄い子が居るなら、芸能界に居るのは大変だね、と励ましてくれた。
今までアクセスカウンタだけで現実感が無かったけど、どこか学者さんが妖精ちゃんを喜ばせるために数字を動かしているのか、そう自分が思っていたことに気が付いた。
1番びっくりしたのは、一緒に歌ってたアリスちゃんも私の声だって気付いてなかったみたい。10年くらい前だし、しょうがないのかな。
三月二二日
とうとう生放送の日。声は妖精ちゃんだけど、映像も一緒に放送ということで私も登場。
見に来てくれた人の数が多すぎてサーバーが落ちそうになったけど、声と手の動きがズレが有っても騙されてくれる、と学者さんはそこまで計算していたらしい。
手や動きも一緒になるように練習したけど、少しずれちゃった。次はもっと頑張らないと。私と妖精ちゃんはふたりで歌姫だもの。
日記の内容は概ね陽子の予想と符合しており、外部に漏れた場合のことも考えてのアイドルの自意識を感じた。
登場する他人をニックネームで呼ぶ。万が一、流出した場合の被害を減らすためだろうが、米田の中ではニックネームも見当が付いた。
アリスちゃんやコーちゃんはアイドル仲間とその子供ということしか判別できなかったが、文脈からして、“学者さん”は嶋田九朗、“M社長”は三毛正二、“妖精ちゃん”はネットアイドルのハルのことだろう。
「……本当にアイドルになれると思ってたんだな。国木優って子は」
情報として国木優のことを刑事として米田は熟知していたが、情報が立体感を伴ってきていた。
生きた人間としての国木優。初めて見たのは写真の中のバラバラ死体だった彼女の思いが、真っ黒なインクを通して米田の心に透け始めていた。
それから少しずつ、国木優はハルをサポートしながらイキイキと文章を書きだしていったが、そんな生活が二年が過ぎ、二〇一七年。国木の死ぬ年に差し掛かった頃、米田は興奮気味に少し荒れた文字を見付けた。
二〇一七年
一二月二日
初めて! 初めて会っちゃっいました! 町中で会ったジュンサさん(あだ名そのまんますぎ!)が私の声が妖精ちゃんと同じだって気付いてくれた!
ジュンサさんは、私が違うって言っても妖精さんのファンだって言ってくれたから、つい私も「実はそう」って言っちゃったけど、しょうがないよね! ファンサービスだもん!
たくさん、たくさん話してくれた。目をキラキラさせて、握手とサインをして欲しいだって! 初めてだった!
その後、一二月三日から六日までは何事もない日記だったが、七日は不穏だったが、その内容読むより前に米田は日下を見た。
無意識な視線だったが、日下は大きい身体を可能な限り小さくしようとしているようだった。申し訳なさが溢れている。
「日下、このファン、お前か」
「……本当に良い曲なんですよ。ハルの歌は……パトロール中に優さんの声を聞いたとき、おやと思って訊ねたら嬉しそうに笑ったので……間違いないと思いました」
アイドルと町中でばったり出会った自慢話は、犯人の自供にそっくりな張りの無い言葉だった。
その出会いがそのアイドルの、というより、この事件の発端だったと知っていれば、それはやむを得ないのかもしれない。
「忘れもしない七日、もう一度、町中でばったり会いました。そのときに……私は……」
嗚咽が漏れた。日下は吐き出すように大粒の涙を地面にまき散らした。
「【同じ声なのに別人のようですね】なんてね。そのあと、作ったような笑顔で優さんは云いましたよ。“どっちが好きか”とね!」
「……お前はなんて応えた?」
「もちろん歌っている方ですよ、あちらが本当のあなたです……そんな余計なことをね!」
そこで米田は日記に視線を戻した。
一二月二日と同じく荒れた筆記だが、所々シワになっている。書いている最中、何かで汚れたのかもしれない。
それまで一貫していたニックネームでの記入もされなくなっていた。
一二月七日
私は妖精ちゃんじゃない 当たり前だった 気ずいてた
アイドルで10年がんばって 当たらなくて なにもならなくて、でもハルちゃんの歌はすぐにみとめられた。
歌声の問題じゃなかっただ 歌は心 私は人に受け入れられなく てハルちゃんは受け入れられる 私はだれかの夢じゃないハルちゃんは夢
レッスンすべきは歌やダンスじゃなかった 私はハルちゃんにならなきゃいけなかたっんだ。
島田さんが言ってた 人工チノウと人間を入れかえることもできるかもしれないって。私も人格をかえればアイドルになれる。
三毛さんが言ってた ハルちゃんをコピーした人工チノウが出来てるって。
ハルちゃんのコピーと人格を入れかえれば 私はハルちゃんになれる なれないわけない 私はハルの声があるんだから
夢が国木優を育んでいたはずだった。
だが、日記からは夢が国木優を狂わせたことをうかがわせた。
国木優は日記を書くことすら忘れていたのだろう。
毎日毎日記入されてきていた日記で、二〇一四年一一月二二日から日付が大きく跳び、再開したのは二〇一五年一月一三日だった。
米田は斜め読みしながら、必要な情報を拾ってきていた。
二〇一五年
一月一三日
しばらく書いてなかったけど、また書きたいと思う。10年間書いてたし、せっかくなら“夢”を適えるまで書き続けよう。
妖精ちゃんの声として、私の声を使いたいと学者さんは言ってた。私自身ではないけど、私の声が歌を唄ってくれるのも嬉しい。
私の声を使って話す妖精ちゃんと会話をした。レコーディングの練習で聞いた自分と同じ声だったけど、かわいらしくほがらか、彼女の歌を聞いてみたいと思った。もうそれは、妖精ちゃんの声だった。
二月七日
インターネットにアップする前に、M社長と学者さんに妖精ちゃんの歌を聞かせて貰った。
私と同じ声とは思えない、優しくてそれでいて強く心に残る歌声。妖精ちゃんが私に歌い方を教えてくれた。私も頑張ろう。
二月一三日
とうとう歌を投稿した。思ったより再生数が伸びなかった。
あれだけ良い歌なのに、やっぱり私の声じゃダメなのかな……。
二月一六日
昨日も凄かったけど、アクセス数が2ケタずつくらい伸び始めた。
特にコマーシャルはしていないのに、アクセス数は見る見る伸びて行く。
やっぱり妖精ちゃんの歌はすごい。でも私の声もちょっとは頑張れてるのかな、って自信になった。私も頑張ろう!
二月二〇日
町中でアリスちゃんに再会した。一緒にアイドルだった頃に比べて少し太っていたけど、コーちゃんと一緒でとても楽しそう。お母さんになったんだなァ、アリスちゃんも。
その中で、妖精ちゃんの話が出た。ネットのアマチュアでこんな凄い子が居るなら、芸能界に居るのは大変だね、と励ましてくれた。
今までアクセスカウンタだけで現実感が無かったけど、どこか学者さんが妖精ちゃんを喜ばせるために数字を動かしているのか、そう自分が思っていたことに気が付いた。
1番びっくりしたのは、一緒に歌ってたアリスちゃんも私の声だって気付いてなかったみたい。10年くらい前だし、しょうがないのかな。
三月二二日
とうとう生放送の日。声は妖精ちゃんだけど、映像も一緒に放送ということで私も登場。
見に来てくれた人の数が多すぎてサーバーが落ちそうになったけど、声と手の動きがズレが有っても騙されてくれる、と学者さんはそこまで計算していたらしい。
手や動きも一緒になるように練習したけど、少しずれちゃった。次はもっと頑張らないと。私と妖精ちゃんはふたりで歌姫だもの。
日記の内容は概ね陽子の予想と符合しており、外部に漏れた場合のことも考えてのアイドルの自意識を感じた。
登場する他人をニックネームで呼ぶ。万が一、流出した場合の被害を減らすためだろうが、米田の中ではニックネームも見当が付いた。
アリスちゃんやコーちゃんはアイドル仲間とその子供ということしか判別できなかったが、文脈からして、“学者さん”は嶋田九朗、“M社長”は三毛正二、“妖精ちゃん”はネットアイドルのハルのことだろう。
「……本当にアイドルになれると思ってたんだな。国木優って子は」
情報として国木優のことを刑事として米田は熟知していたが、情報が立体感を伴ってきていた。
生きた人間としての国木優。初めて見たのは写真の中のバラバラ死体だった彼女の思いが、真っ黒なインクを通して米田の心に透け始めていた。
それから少しずつ、国木優はハルをサポートしながらイキイキと文章を書きだしていったが、そんな生活が二年が過ぎ、二〇一七年。国木の死ぬ年に差し掛かった頃、米田は興奮気味に少し荒れた文字を見付けた。
二〇一七年
一二月二日
初めて! 初めて会っちゃっいました! 町中で会ったジュンサさん(あだ名そのまんますぎ!)が私の声が妖精ちゃんと同じだって気付いてくれた!
ジュンサさんは、私が違うって言っても妖精さんのファンだって言ってくれたから、つい私も「実はそう」って言っちゃったけど、しょうがないよね! ファンサービスだもん!
たくさん、たくさん話してくれた。目をキラキラさせて、握手とサインをして欲しいだって! 初めてだった!
その後、一二月三日から六日までは何事もない日記だったが、七日は不穏だったが、その内容読むより前に米田は日下を見た。
無意識な視線だったが、日下は大きい身体を可能な限り小さくしようとしているようだった。申し訳なさが溢れている。
「日下、このファン、お前か」
「……本当に良い曲なんですよ。ハルの歌は……パトロール中に優さんの声を聞いたとき、おやと思って訊ねたら嬉しそうに笑ったので……間違いないと思いました」
アイドルと町中でばったり出会った自慢話は、犯人の自供にそっくりな張りの無い言葉だった。
その出会いがそのアイドルの、というより、この事件の発端だったと知っていれば、それはやむを得ないのかもしれない。
「忘れもしない七日、もう一度、町中でばったり会いました。そのときに……私は……」
嗚咽が漏れた。日下は吐き出すように大粒の涙を地面にまき散らした。
「【同じ声なのに別人のようですね】なんてね。そのあと、作ったような笑顔で優さんは云いましたよ。“どっちが好きか”とね!」
「……お前はなんて応えた?」
「もちろん歌っている方ですよ、あちらが本当のあなたです……そんな余計なことをね!」
そこで米田は日記に視線を戻した。
一二月二日と同じく荒れた筆記だが、所々シワになっている。書いている最中、何かで汚れたのかもしれない。
それまで一貫していたニックネームでの記入もされなくなっていた。
一二月七日
私は妖精ちゃんじゃない 当たり前だった 気ずいてた
アイドルで10年がんばって 当たらなくて なにもならなくて、でもハルちゃんの歌はすぐにみとめられた。
歌声の問題じゃなかっただ 歌は心 私は人に受け入れられなく てハルちゃんは受け入れられる 私はだれかの夢じゃないハルちゃんは夢
レッスンすべきは歌やダンスじゃなかった 私はハルちゃんにならなきゃいけなかたっんだ。
島田さんが言ってた 人工チノウと人間を入れかえることもできるかもしれないって。私も人格をかえればアイドルになれる。
三毛さんが言ってた ハルちゃんをコピーした人工チノウが出来てるって。
ハルちゃんのコピーと人格を入れかえれば 私はハルちゃんになれる なれないわけない 私はハルの声があるんだから
夢が国木優を育んでいたはずだった。
だが、日記からは夢が国木優を狂わせたことをうかがわせた。
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