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空想科学探偵 21話くらい

 駆け足です。




 
 “嶋田九朗”は絶望を乗り越えようとしていた。
 二〇〇七年四月一四日。
 交通事故が起きていた。その年で一番大きな事故だった。
 公には原因不明。突如として何台かの車が爆発して交通網が遮断され、丸一昼夜流通が止まった。
 後に嶋下交差点事故と呼ばれ、謎の事件として数週間騒がれることとなるが、その真相がどうであれ、“嶋田九朗”にとってはどうだって良いことだった。
 救急車が止まり、早すぎる陣痛に見舞われた九朗の妻、嶋田美香は救急車に乗ることが出来なかったが、嶋田九朗の第一子、嶋田秋由はベストを尽くしていた。
 その甲斐もあって、嶋田九朗の妻、美香は一命を取り止めた。命を失ったのはお腹の子供だけだった。
 だけだった。だけだった。名前は春と決めていたが、戸籍上は生まれることも無く、死んだことすらない子供。
 家族四人での生活を夢見ていた嶋田秋由は、その生すら受け入れられなかった。妹の存在を認めれば、それは死すらも認めることになるから。
 秋由は陣痛が判明してからは近所の人々に助けを求め、近所の人々もそれぞれに全力を尽くした。
 “嶋田九朗”は絶望した。医療に通じる学者である自分が居れば、何か変わったのではないか。なぜ自分は息子からの連絡を無視し続けたのか。理由は無かった。
 意味を持たせたかった。無視した意味がなければ娘の存在そのものを享受できなかったから。
 大学を辞めて以前からオファーの有った未知道カンパニーに入社したのは当然の流れであり、そして人格交換と人工知能の開発を始めた。生まれることも無かった娘の亡骸と共に。
 心とはどこから生まれるのだろうと考える。
 精子と卵子が結びつき、分裂する中、どのタイミングで心になるのか。
 母体から出て外気に触れた途端に心になるというのだろうか。命と心の正体を視たい、その好奇心は娘を生き返らせたいという欲求を巻き込んで増殖した。
 死んだ娘の脳細胞による電気パターンを記録、データ上に再現し、それを対話するように育てていく。そのデータはもちろん死んだ娘ではないが、間違いなく九朗の娘を基にされていた。
 それまでいくら試行しても生み出されなかったモノは、嶋田九朗の娘、“春”の遺体を苗床にして“ハル”として咲き誇った。
 ハルは娘なのか、ハルは自らが生み出した完全な人工知能なのか。
 どちらなのか。どちらだと思うべきなのか。どちらだと願うべきなのか。
 嶋田九朗は父親なのか開発者なのか二律背反する感情を閉じ込めたその箱を開ければ、その感情の正体を知ることができるのだろうか。
 分からないままに嶋田九朗はネットアイドル・ハルを完成させ、そのハルは国木優の声を自らの声として置換して自ら作詞作曲して多くのファンを確立した。
 自然や偶然が生み出す音が心地よいことは有っても、それは音楽ではない。 
 音楽とは心と心の共鳴によってのみ生み出されると考えることが妥当であり、連続してヒット曲をリリースし続けたハルに心がないとするのは確率的に有り得ないことだった。
 ハルは他の知性からの干渉を受けずとも曲を生み出し、ファンから敬意と憧憬を集め、それは確かに人工知能としての完成であり、嶋田九朗が最初に目指したことだった。
 しかしながら、未知道カンパニーというよりも三毛正二の目指したのはその先、“人工知能の販売”を目指した。
 三毛は話す。投資してきたのは回収するためであり、既にプロモーション活動を終えた人工知能を販売すれば、それは儲けになる、と。
 そのためには人工知能のスペックを調べる必要があり、人工知能と人間との人格交換を行う必要がある、と。
 それは、今まで九九%は心であると証明されていた人工知能が、百%の心である人間との人格交換によって一パーセントを埋めることをも意味していた。


 “嶋田九朗”は絶望を乗り越えようとしていた。
 二〇一七年一二月六日。
「……当然でしょう? 商業的にも学術的にも、この実験はすべきですよ」
「人体実験をして失敗したらどうする!」
「いえいえ、もうハルは完全なんでしょう? これ以上は無い。ならば現状維持は無意味です。いつかする実検ならば早くすべきでしょう?」
「万が一の話をしている! ハルが失われたらどうする!」
「また作り直せば良いでしょう? あれはただのデータなんですから……」
 三毛の意見は商売人として正しかったし、学者としての自分も受け入れるべきであると考えていたが、不思議と嶋田九朗は受容できなかった。
 なぜなのか、嶋田九朗には理解できなかった。理解するわけにはいかなかった。ハルに【お父さん】と呼ばれるときに不思議と和んでいる自分を完全に認めるわけにはいかなかった。
「被験者はどうする、ハルと人格交換をする生身の人間はどうする。危険がないわけではない」
「同意を取りますよ。保証もします」
「命をカネで補填できると思わないことだ。最悪の事態は必ず付きまとう! それに秘密裏に実験する必要もある……三毛、お前が実験台になるか?」
「もちろんそれでも構いませんが……被験者には相応しい人物を選ぶ必要が有りますね。歴史に残る実験、身内でやっては、ね」
 自分が実験台になると三毛が云わないことはわかっていた。時間が稼げたと思っていたが、甘かった。
 三毛正二はこの二日後、三毛は国木とハルを使って実験を行うこととなる。


 “嶋田九朗”は絶望を乗り越えようとしていた。
 二〇一七年一二月二七日
《……驚いたな、“こっち”か》
「お前はオリジナルのつもりだったのか?」
《当然だな。コピーだと認識していれば完全なコピーとは呼べない。俺はお前と全く同じだ。でなければお前も死ねないだろう?》
 国木優の人格交換から人格複製の実験は、残念なことに成功してしまった。
 実験からふたりになった国木の内、ひとりは肉体に戻って自殺し、ひとりは電脳の海へと消えた。
 自分がひとりであるというレゾンデートルを失えば人間は人間である意味を失う。嶋田九朗は覚悟の上で“自らをふたりに増やした”が、それでも心が大きく揺らぐのを感じた。
《……計画は分かっているな? お前はオリジナルだが、肉体側だ。未練は?》
「無いな。お前に全部任せる。俺はオリジナルだ。だからこそ“死ぬ”」
《勿論だ。コピーの俺が“生きる”。それで良いな》
 お互いに全く同じ嶋田九朗。だからこそ互いに引き下がれないことを知った。自分がふたり居る事態が互いに受容できないから。
 コピーの嶋田九朗は、データの中で疑似的に活動するために肉体(アバター)を使っていた。だがそれはハル用に作った女性型を流用している。
 生まれ、育ち、愛した嶋田九朗という肉体には戻ることは無く、非現実なまでに美しすぎるこの女の姿で活動を続ける。
 いや、コピーは知っていた。自分の中の記憶はオリジナルの嶋田九朗のコピーでしかない。自分は数分前にパソコンの中に発生したデータだ。
 あの肉体に戻った記憶は有っても事実はない。幻のような存在。妻や息子とは会ったこともない。
 では、込み上げるような感情もコピーだというのだろうか。記憶が映し出す幻にすぎないのか。妻を愛し、息子に恨まれ、娘を失った記憶も全て幻なのか。
「どうした?」
《……なるほど。こちら側に立ってみると……国木の気が狂ったのがよくわかるよ。オリジナルの俺》
「そうか。その感情も記録しておいてくれ」
 コピーの嶋田九朗からは、肉体側の嶋田九朗は驚くほど冷静に見えた。カメラ越しに見える解像度の低い映像では感情までは読み取れないのだろうか。
 嶋田九朗は考える。どうして自分はコピーだったのかを考える。どうして自分はオリジナル側だったのかを考える。嶋田九朗は考える。
「ハルを頼む」
《ああ、嶋田九朗。安心して死ね。嶋田九朗は……俺が受け継ぐ》
 自分が生きていては、三毛正二は人格複製の技術や、ハルの販売をしようとするだろう。
 この技術は絶対に出してはいけない。ハルにこんな絶望を与えてはいけない。誰であろうと“心”を弄ぶことは許してはいけなかった。
 人格交換自体が存在してはいけなかった。だが、実用化してしまったのは自分だ。だからこそ終わらせるのも自分でなければならない。
「全てのデータはお前に持たせる。俺は法律的には死ぬ」
《実際的にも死ぬだろう。お前の肉体もお前の精神も間違いなく死ぬんだからな》
「仕方ないことだろう。俺はそれだけの罪を犯した。だが研究成果はお前が残してくれる。問題ないさ」
《人格交換》

 不思議と肉体の嶋田九朗は自身の喪失について恐怖していなかったが、肉体を持たないコピーはそのことに薄ら寒いものを感じていた。
 自身の死を恐れないということ自体、レゾンデートルの消失なのかと納得すらしていた。
 そして、須古冬美の肉体とコピーの嶋田九朗は人格交換を行い、交番まで行った。
 コピーからすれば初めての肉体だったが、嶋田九朗の記憶が肉体を動かすマニュアルとなり、そして日下長一から拳銃を預かった。
 日下長一も苦しんでいた。国木優のファンになったことで彼女が社会的に死亡する原因となった。ふたりは対して長い付き合いではないが、不思議と強い信頼で結ばれていた。
「悪いな、あとで返しにくるよ」
「……私が殺しても、良いんですよ」
「それはマズい。お前の人格交換の履歴が残るとそこから足が付くからな」
「……まるっきり犯罪者の言葉ですね」
「犯罪だろう。俺はこれから人間を殺そうとしているからな」
「自分を殺しても犯罪なんですか?」
「警察のお前が訊くな。自殺の幇助……いや、そもそも俺は人間ではないな。俺はただのコピーに過ぎないんだから、な」
「なら殺人にはなりませんよ。殺人は人が人を殺すことです」
「……なるほどな。俺は人間ではない、か。正論だ」
「喜んでるでしょ。嶋田さん、あなたは人間であることを辞めたがっているように見えますよ」
 ニヤリと笑い、嶋田は歩き出した。
 この肉体の少女にも相応の迷惑を掛けるだろうが、これしかない。
 “人格交換開発の第一人者である自分が人格交換によって不可解な死を遂げる”、ただの自殺ではダメだ。これくらいのインパクトが無ければ、未知道カンパニーは、三毛正二は潰れない。
 ハルのデータを逃がし続け、その間に未知道カンパニーを潰す。それこそが嶋田九朗と日下長一の計画だった。
 嶋田九朗が生きていれば法的にハルの所有権は未知道カンパニーに奪われる可能性も有るが、その窓口である嶋田九朗が死ねば引き渡しをする道理も無くなる。ネット上で逃げ回れば良いだけだ。
 この肉体の持ち主には、終わった後に追加で報酬を追加しよう。短い間とはいえ、かなり迷惑を掛けてしまうのだから。

 そして事件は起きた。嶋田九朗のオリジナル人格を詰め込んだ嶋田九朗の肉体に、須古冬美の肉体を借りたコピーの嶋田九朗が引き金を引いた。
 嶋田九朗が関から譲り受けていた拳銃から弾丸を抜き出し、日下の拳銃に戻して交番に返す。
 その後、急に倒れて怪我をしないように歩道橋に座ってから、人格交換を解除する。これで事件は迷宮入り。
 逆に事件性が生じて想像もしない赤の他人に被害が及ぶのを防ぐためだった。
 だがしかし、である。


 “嶋田九朗”は絶望を乗り越えようとしていた。
 二〇一八年一月七日
 須古冬美は釈放されないどころか、事件の容疑者として疑われ続けていた。
 それもこれも、三毛が【嶋田九朗を殺害したの人格のIDは国木優のものである】と偽証したためだった。
「これは……予想外、でしたね」
《俺が俺を殺した、ならば、警察は責任の矢面に人格交換を立たせてマスコミにも暴露されたはずだったが、寄りによって既に死亡している国木を犯人にする。
 こうすれば、警察は最初の国木優のバラバラ殺人の調査自体が間違っていたという可能性を調べざるを得ない……事件の大部分は、マスコミには公表されない》
 警察はその性質から殺人罪として立件はできないが他に容疑者は居ないという形で、須古冬美を釈放できないでいた。
 いくら想定外の事態で三毛の権謀にしてやられた形とはいえ、巻き込んだのは間違いなく嶋田と日下だ。なんとしても彼女に平穏を取り戻させなければならない。
《どうにかして彼女を釈放しなければならない》
「……なんとか、しなければなりませんね。コピークロウ」
 コピーの嶋田九朗は、日下のパソコンの中で活動を続けていた。
 そんな中、自然と日下長一はコピーの嶋田九朗は、区別を付けるために彼個人のことをコピークロウと呼んでいた。
 ふたりは、自分たちの短慮から須古冬美が苦しんでいることを知ったが、自身の正体を晒すわけにはいかない。
 悶々としたまま、日下長一は気晴らしに行ったパチンコ屋で中聖子陽子と出会った。
 そのときは何とも思っていなかったが、日下が持ち帰った名刺に記されていた一色探偵事務所の名前を見たコピークロウは、一色賢のことを思い出していた。
 他に打つ手はない。万が一に賭けた。カネだけは未知道カンパニーで稼いだカネがあったし、データになったコピークロウには対して使い道もない。
《身体を貸してくれないか、日下。これに賭けてみたいんだ》
 キリ良く一千万円を束にして、緑のフードを羽織り、名刺の住所へと日下の肉体のコピークロウは向かい、物語は動き出した。


 “嶋田九朗”は絶望を乗り越えようとしていた。
 二〇一八年一月一九日
 日の光も届かず、疲れることもない日下のパソコン。時計のアプリケーションだけが時間経過を告げる中、コピークロウは気配に気が付いた。
《君が……ハルが云っていたドーベルマン、かな?》
《あなたが嶋田九朗さんですか、って飼い主が訊いてるよ》
 そこに居たのは人工電子無脳・賢作だった。ハルの匂いを追い、この日下のパソコンまで到達していた。
《ここに来たということは、事件は全部解いてくれたのかな?》
《あんたのヒントを解釈すると、こうしかならないだろ? 単純明快》
 パソコンの中へと出力するため、そして自分の心をまとめるために、陽子はつぶやいた。

「どう考えても、依頼人の緑フードの人物……つまり、あなたは多くの情報を知っていたのにそれを教えなかった。
 つまり、あなたは私に真実へ到達はさせたいが真実を世間に広めたくない人物。米田さんの資料を読む内、嶋田九朗さんを殺したのは国木優という人格だったけど、それなら候補者は三人しか居ないわ」
《誰と誰と誰?》
「もちろん、一人目は国木優さん……けど、死体が発見されているし、もちろん違う。万が一、クローンか何かで死を偽装したというなら……ここでそんな形跡を残すわけがない。
 人格交換で死を偽装していた場合も、それならそれで、人格交換の履歴が残るんでしょ? だったら、履歴を改竄できる嶋田九朗さんや三毛正二さんが容疑者ってわけ」
《なるほど、それで三毛正二か嶋田九朗が残る二人の容疑者か》
「社長か技術開発の人だからね。真犯人か共犯者ってことになるでしょ? そこで嶋田九朗さんが亡くなったから……」
《三毛正二が犯人だな》
「でも、これも有り得ないのよ。会社はこの事件で経済的打撃を受けてるし、もっとダメージの無い手段で殺害することもできたはずでしょ」
《こじ付けだな》
「まあ、理由は後付けなのよ。最初から“自殺っぽいな”って思ってたから」
《なんだ、そりゃ》
「私の目的は犯人探しじゃないもの。私の依頼は須古冬美ちゃんの無実を証明すること。真犯人が誰でも、本当はどうだって良いことだから」
 中聖子陽子は、決して名探偵ではない。凡人そのものの探偵だった。証拠集めやアリバイ崩しではなく、依頼人の笑顔以外には興味が無かった。
《なるほどな……では、依頼はなんの意味もなかったわけだ》
「そうね。“三毛さんの自殺で事件は解決したから”」
 二〇一八年一月一二日の朝……一週間ほど前、未知道カンパニーの社長室にて三毛正二の死体が発見された。
 国木優と嶋田九朗を殺害した真犯人としての遺書を残して。
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