空想科学探偵 エピローグ2
二〇一八年一月二十三日
ハルは人格交換を純粋に楽しんでいた。
父親から託されたお小遣いで現実世界と人格交換を何度か行っており、米田と出会ったのもその中の一回だった。
米田にしたように自分の歌を教えたり、音楽のインスピレーションを得たりとしていたが、三毛の死亡から会社が潰れたこと、そして安全性から人格交換は休止されることとなった。
本日が最後となる人格交換であり、以降は電脳空間から一切出ることはできなくなるかもしれないが、ハルは気にして居なかった。
ただ故郷に帰るだけ。彼女にとっての現実とは物質世界ではなく電脳空間のことを指すのだ。
向こうでは歌も唄える上、父と呼ぶコピークロウも居る。不安は無かった。
物質世界は知り合いの居ない遊園地、そう思っていたが、人混みの中からハルは見覚えのある背中を見出し、走りよってしがみついた。
「お父さん!」
その背中は、コピークロウと同じように面倒くさそうにハルを引き剥がしたが、それはコピークロウではなかった。
パチンコで大負けして腹立っていた男、嶋田秋由だった。
「なんだ、あんた」
「……? お父さんなのに、お父さんじゃない……?」
似ていて当然、秋由は嶋田九朗の息子なのだから。
そのことを理解できないハルはパニックに陥いりつつあり、しどろもどろになっていた。
ハルの精神年齢は大人とは云い難い年齢だが、借りている肉体は人格交換を生業とする二十代女性。秋由からすれば、見ず知らずの大人から意味不明なことを云われているとしか思えない。
「……カネならないぞ。今、全部スッたから」
「お金じゃなくて……お父さん、は?」
「いや、知らないって?」
「お父さんは……?」
もう一度“知らない”と云ったら、確実に自分は“往来で女を泣かせる男”になることに秋由は気が付いた。
しかし、慌てず騒がず、手に提げていたビニール袋から、パチンコに負けて釣銭代わりによこされた飴玉を取り出した。
なぜか、秋由はそうするのが自然なような、前々から決めていたような、スムーズに体が動いていた。
「ほら、これやるから泣くな。お前、名前は? お父さんの名前、云えるか?」
「私はハル。お父さんの名前は……クロウ」
「……偶然って有るんだな。俺の親父と……生まれるはずだった妹と、同じ名前だな」
大して驚いている様子でもなく、秋由は不思議と優しい気持ちになっていた。
「私、あなたの妹なの?」
「それなら、俺はお前の兄ちゃんだな」
云ってから、何を云っているんだと秋由自身困惑し、強く云って泣かれたらそれはそれで迷惑だから誤魔化したんだと自分を納得させた。
「……お父さんはどこに居るかわかるか? ひとりで行けるか?」
「うん、時間になったら……帰ることになってる。大丈夫」
「そうか。なら、大丈夫だな」
秋由は自分も飴玉をひとつ口に放り込み、その場を立ち去ろうとしたが、ハルは駆け寄って秋由の手を取った。
「これ、後で見て! お兄ちゃん! 私の歌! 聞いてね!」
そうだけ云って、ハルはその場を立ち去った。
「……ずいぶんと、まあ、手間の掛かったキャッチセールスだな」
秋由とハルは、もちろん生まれる方法の異なる兄妹の出会いだと知ることもなかった。
ただ、秋由がパチンコをしながら聴く音楽が、あるネットアイドルの曲になるだけの、なんでもない出会だった。
ハルは人格交換を純粋に楽しんでいた。
父親から託されたお小遣いで現実世界と人格交換を何度か行っており、米田と出会ったのもその中の一回だった。
米田にしたように自分の歌を教えたり、音楽のインスピレーションを得たりとしていたが、三毛の死亡から会社が潰れたこと、そして安全性から人格交換は休止されることとなった。
本日が最後となる人格交換であり、以降は電脳空間から一切出ることはできなくなるかもしれないが、ハルは気にして居なかった。
ただ故郷に帰るだけ。彼女にとっての現実とは物質世界ではなく電脳空間のことを指すのだ。
向こうでは歌も唄える上、父と呼ぶコピークロウも居る。不安は無かった。
物質世界は知り合いの居ない遊園地、そう思っていたが、人混みの中からハルは見覚えのある背中を見出し、走りよってしがみついた。
「お父さん!」
その背中は、コピークロウと同じように面倒くさそうにハルを引き剥がしたが、それはコピークロウではなかった。
パチンコで大負けして腹立っていた男、嶋田秋由だった。
「なんだ、あんた」
「……? お父さんなのに、お父さんじゃない……?」
似ていて当然、秋由は嶋田九朗の息子なのだから。
そのことを理解できないハルはパニックに陥いりつつあり、しどろもどろになっていた。
ハルの精神年齢は大人とは云い難い年齢だが、借りている肉体は人格交換を生業とする二十代女性。秋由からすれば、見ず知らずの大人から意味不明なことを云われているとしか思えない。
「……カネならないぞ。今、全部スッたから」
「お金じゃなくて……お父さん、は?」
「いや、知らないって?」
「お父さんは……?」
もう一度“知らない”と云ったら、確実に自分は“往来で女を泣かせる男”になることに秋由は気が付いた。
しかし、慌てず騒がず、手に提げていたビニール袋から、パチンコに負けて釣銭代わりによこされた飴玉を取り出した。
なぜか、秋由はそうするのが自然なような、前々から決めていたような、スムーズに体が動いていた。
「ほら、これやるから泣くな。お前、名前は? お父さんの名前、云えるか?」
「私はハル。お父さんの名前は……クロウ」
「……偶然って有るんだな。俺の親父と……生まれるはずだった妹と、同じ名前だな」
大して驚いている様子でもなく、秋由は不思議と優しい気持ちになっていた。
「私、あなたの妹なの?」
「それなら、俺はお前の兄ちゃんだな」
云ってから、何を云っているんだと秋由自身困惑し、強く云って泣かれたらそれはそれで迷惑だから誤魔化したんだと自分を納得させた。
「……お父さんはどこに居るかわかるか? ひとりで行けるか?」
「うん、時間になったら……帰ることになってる。大丈夫」
「そうか。なら、大丈夫だな」
秋由は自分も飴玉をひとつ口に放り込み、その場を立ち去ろうとしたが、ハルは駆け寄って秋由の手を取った。
「これ、後で見て! お兄ちゃん! 私の歌! 聞いてね!」
そうだけ云って、ハルはその場を立ち去った。
「……ずいぶんと、まあ、手間の掛かったキャッチセールスだな」
秋由とハルは、もちろん生まれる方法の異なる兄妹の出会いだと知ることもなかった。
ただ、秋由がパチンコをしながら聴く音楽が、あるネットアイドルの曲になるだけの、なんでもない出会だった。
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